勿忘草の心2

□12.混線
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「な……に、やってん、だ……?」
その場は一気に凍り付いていた。
私の怯えた視線と、隼人くんの驚愕の視線、武くんの敵意を含んだ視線が、部屋を染めあげる。

*****

私にはどうすればいいのかわからなかった。
隼人くんは珍しく、放心して私たちを見ている。
武くんはと言えば、離してくれるかと思いきや、先刻よりも激しく私の唇を求めてきた。
「たけ、し、く……っんんっ」
明らかに武くんは、隼人くんを挑発している。
それを感じた私は、必死に武くんをなだめた。
「や……っやめよう? 隼人くんが見てるし、」
「でも獄寺も、七花先輩にキスしたんだろ? これで同じ条件じゃねーか」
――初めて私は、武くんの怒りに触れた。
武くんは涙の名残を袖で拭って、キッと隼人くんを睨みつける。
「……オレは七花先輩が好きだ。誰にも譲らねーし、誰にも負けない」
武くんは私を解放すると、それだけ言い残して部屋を出て行った。
私は足がくずれて、クローゼットを背に座りこんでしまう。
「今の…………何、なんだよ……」
隼人くんの言葉すら、右耳から左耳へと抜けて行ってしまった。
何が起きたのか、それを知りたいのは私の方だ。
確かに武くんは私に好意を寄せてくれていた。でも、私に何一つ無理を強いることなく、いつも見守ってくれていた。
……私は武くんに、甘えすぎていた。
スっくんの頬にキスする前に、私は誰より先に武くんの頬に親愛のキスを贈るべきだったのだ。
怒られて当然だ。我慢の限界と言われて当然だ。
武くんからしてみれば、一番最初に告白した自分をないがしろにして、別の人間と恋愛沙汰になっている私を見て、面白くないはずがない。
――今すぐ武くんに謝りに行こう。
決してないがしろにしていたわけではないと。
ましてや嫌っているわけではないと。
武くん、彼にだけは誤解されたくない。
そう思い、立ち上がりかけた時だった。
「……なあ」
低い低い声が、頭上から放たれた。
びくっとして顔を上げると、そこには妙に無表情な隼人くんがいた。
「な、に? 隼人くん……」
「何で山本の奴には抵抗しなかったんだよ」
「それは、」
私は思わず言いよどむ。
何と言えばいいのだろう。
きっとどんな言葉も、言い訳にしかならない。
私の知らない“好き”が、私の知らないところで動き出す。ここで場を収拾する方法など、私にはわからない。
だから私は、ただ唇を噛み締めた。無言のまま視線をずらす。
「…………山本が……好き、なのかよ」
「…………」
「七花……何とか言えよ……っ」
隼人くんは私の肩に両手を置いて、繰り返した。
「何とか、言えよ……っ!」
何も言えない。
肯定も否定もできない。
謝るのも筋が違う。
私はどうすればいいのかわからないまま、ぎゅっと目を閉じた。
……瞬間、何度となく頭をよぎってきた亮斗くんの笑顔が、私を励ましてくれた。

――鑢の思ってること、ちゃんと言ってやれよ! きっと皆、それを待ってるんだからさ!――

「…………混乱、してるの……」
気付けば私の口からは、そんな台詞がこぼれていた。
「……混乱?」
いくらか落ち着いた隼人くんの声が、耳に届く。
私は気持ちの整理がつかない状態でも、懸命にそれを伝えようとした。
「私自身、戸惑ってて……すごく、……混乱、してるの」
誰も傷つけたくない。
皆を守りたい。
「私はまだ……皆の言う“好き”がどんな気持ちなのか、わからない。だけど……私が亮斗くんをすきだと思う気持ちとは、違うってわかってる」
隼人くんの手から、力が抜けていくのが感じられた。
こんな拙い言葉でも、思いを口にするのとしないのとでは全く異なる。何かが相手に伝わるのと伝わらないのとでは、大きく異なるように。
「武くんのことはすきだよ。隼人くんのこともすき。ツナくんのことも。だけど、まだ、待って」
「……七花……」
大きく深呼吸して、私は隼人くんの目を真っ直ぐ見据えた。
「私は不用意な言葉で、誰かを傷つけるのは嫌なの。だから、もう少し……うぅん、もっとかかっちゃうかもしれないけど…………待ってて?」
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