白薔薇の命

□薔薇は優雅に踊る
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コンコン、
部屋のドアがノックされて、オレはぼさぼさの髪をかき上げながら返事をした。
「おー」
「ディーノ様。月乃お嬢様が、よろしければ朝食をご一緒したいと」
そう言って一礼したのは、昨日も一度会っている執事の青年だった。まだ若くて、歳もオレとそう変わらないはずだ。
漆黒の髪に同じ色の瞳。すっと通った鼻筋、整った顔立ち。ただ、無表情なせいで、何を考えているかは読めない。
少しの違和感に後ろ髪をひかれつつ、オレは二つ返事で引き受けた。

*****

案内されたのは庭園だった。とは言ってもあの豪華な庭じゃなくて、屋敷のど真ん中にある空中庭園だ。
「へぇー。こんなとこまであるなんてすげーな!」
「どこもかしこも花だらけじゃねぇかぁ」
スクアーロと一緒にきょろきょろしながらそう漏らすと、月乃はくすくす笑った。
「ここは私が、唯一パパに頼んで用意してもらった部屋なんです」
「月乃、一般的な観念から言わせてもらうけどな。この規模は部屋じゃなくて庭だ」
「あ、そうですね。私にとってはもう一つの自分の部屋みたいなものだから、つい」
月乃は目を細めて、柔らかい表情で庭園を見渡している。そこからはこの場所への愛情が見てとれた。
大小様々な花が咲き乱れる庭園は、虫一匹も見つからず空調設備まで完璧で、まさに人間のための花園だった。中に入ってしばらく歩くと、小さな人工の川があって、水のせせらぎが心地いい。
「なんでこんな所を作ったんだぁ?」
「花が嫌いな女性なんて滅多にいませんよ。私も好きなんです。特に……」
そう言って月乃が指差した先には、白い薔薇のアーチがあった。
「白薔薇が好きなのか?」
「はい! 一番好きな花なんです」
そういえば、月乃の部屋のドアにも白薔薇が彫ってあった。
「赤い薔薇は情熱的すぎて重いし、ピンクの薔薇は可愛らしすぎて軽い。黄色い薔薇は楽しすぎるから、気高く美しい白の薔薇が、一番好きなんです」
オレはまた一つ、月乃のことを知った。このひとはとても豊かな感受性を持っている。
色や花を自分の感性で別の表現に言いかえる人は、情緒豊かだと聞く。月乃もまた、自分なりの捉え方があるのだ。
そういう人間は、自己がしっかりしている。
色を重さに、そして黄色い薔薇を“楽しい”と言った彼女には、知性と品性が見え隠れしていた。
もっと、知りたい。月乃に見える世界を。月乃の好きなものを。
何故そう思うのかはわからない。友達になったから、だろうか。
そんなことを考えるオレの傍らでは、スクアーロがぽかんとしていた。
「重い? 軽い? 花なんてどれも同じような重さだろうがぁ」
途端に月乃の笑顔がヤツに向く。
「スクアーロさんでしたら、とっても軽そうです」
「? 間違いなくお前よりは重いけどなぁ」
「いいえ、もしかしたらピンクの薔薇より軽いかもしれませんね。最近のボディガードさんは、マザーグースも赤ずきんも知らないような方たちなのかしら」
何故首をかしげる、スクアーロ!
……まぁ、剣のことしか頭にないヤツのことだ。知識やら教養やら感性なんてもの、想像すらしてないんだろう。
しかしそれは、ヴァリアーという特殊な組織の幹部故に許される非常識だ。一般人、あるいは地位の高い者に許される非常識ではない。
当然マフィアのボスであるオレは、スクアーロよりちょっとばかり責任の重い立場にあるから、知っている。
今の月乃の言葉は、本人に悪意はないんだろうが『1+1も知らないのね』と言うようなものだ。ザンザスに言ったら、間違いなく一瞬で消し炭にされる。
相手がスクアーロでよかったと、オレは内心ほっとしていた。
これでもしザンザスが来ていたら、敵から月乃を守るより先に、ザンザスに月乃を殺させない努力が必要になるところだった。
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