金木犀の唄

□撫子色
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私と令はソファに並んで、ココアを飲みながら話を始めた。
「で、獄寺くんの何がそんなに気に入らなかったの?」
令は拗ねたように目線をそらして答える。
「……なんとなく」
「なんとなくじゃないでしょっ。もう、令は相変わらずなんだから……」
まぁ、すぐに許してしまう私も私だけれど。
令はマグカップの取っ手をいじりながら、つぶやく。
「……だって今日、亜希子元気なかったから。何かあったんでしょ?」
今度は私が口を閉ざす番だった。
「亜希子があたしの声聞きたくなった、って電話してくる時は、絶対何かあるから」
「…………やっぱり令は、すごいね」
私はマグカップをテーブルの上に置いて、すぐ横のクッションを抱きしめた。
昼休みに山本くんにされたこと。
最初は、次の授業のこととかホームルームのこととかで頭がいっぱいで、気にならなかった。でも、放課後になって時間に余裕が出てきたら、途端に苦しくなった。
山本くんの一挙一動が頭を駆け巡って、どうしたらいいのかわからなくなる。恋愛の達人だったら軽くいなせるのかもしれないが、生憎私は女子校の出だ。恋愛経験値なんて、ほぼないに等しい。
その私にとって、恋人でない人からのキスや初恋宣言、突然の告白はあまりにハードルが高かった。

『……亜希子せんせ、呼んで。オレの名前』

「……っ!」
思い出しただけで、かあっと頬が熱を持つ。
私は思わず、クッションに顔をぼすっとうずめた。
「……何があったの?」
令の切ない声に、私も小さな声を返した。
「生徒に………………キス、された」
「!」
ガタッと音を立てて、テーブルがずれる。
「それってさっきの獄寺?」
「ううん、違う子」
「……っ!」
令は自分の足元にあったクッションを手に取ると、突然それを破り捨てた。
「令!?」
クッションの羽が宙に舞い、カーペットに白い絨毯のように広がる。
私は驚きのあまり、身動き一つとれなかった。
「誰、それ」
こんな令は見たことがなくて、私は一瞬頭が真っ白になってしまった。
「亜希子。誰、それ」
「令……?」
「ころす。あたしがそいつを殺す。亜希子、それ誰?」
無表情なようでいて攻撃的な瞳。
私は彼女をなだめるように、そっと抱きしめた。
「……ごめん、ごめんね。でも大丈夫。令がいてくれるなら、私はどんなことがあっても大丈夫だから。……だから、今日も乗り切れたんだよ?」
しばしの沈黙が流れた。
ややあって、令の腕が私を抱き返す。
「……当たり前」
令を落ち着かせていて、私はかすかな不安を覚えた。
こんなに攻撃的な彼女を見たのは、私が以前少しだけ付き合っていた彼にフラレた時以来だ。あの時も令は、それこそ殺しかねない迫力で、私に彼の居場所を問い詰めた。
……そうだ、あの時も。私が慰められる立場のはずなのに、私以上に憤る令をたしなめているうちに、フラレたショックなど忘れていた。
今も同じだ。いつの間にかもう、心にわだかまりはなかった。
「ねぇ令。今日はさ、一緒に寝てくれる?」
「ん、いいよ」
私たちはいつも、こんな感じでやってきた。私は令に甘いとは思うけど、令も大概私に甘いと思う。だから時々、互いのベッドを行き来する。
連休が重なれば、夜更かししてお菓子パーティだってする。
私の、世界一大切な親友。
「令のベッド、行っていい?」
「……もちろん」
「えへへ。令、だーい好き!」
私はまた令に抱きついた。背中を優しく抱きしめ返してくれる、令の手。
そういえば、と思う。
この優しい手は、もう誰か愛する人のものなのだろうか。だとしたら言ってくれるとは思うけれど、考えてみれば、今まで令からそういった話を聞いたことはない。
こんなに美人で、心を開いてくれたらこんなにも優しい令だ。引く手あまただろうに。
もしかして、私に遠慮して隠しているのだろうか。
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