月見草の恋

□行く手を遮るものがあるなら自らの手で排除せよ
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この日のオレの気分は、最悪だった。
葵と翔の二人が今日泊まるのはオレの部屋だ。兄貴の方は今、いない。これはチャンスだと思って葵ににじり寄った瞬間、どこからともなく黒ずくめが現れる。
「俺の葵に何か用? “おーじサマ”」
何故だろう。こいつに言われると、30倍くらいムカつく。
王子だよ王子。ちゃんと発音しろよ。『おーじ』って呼んでいいのは葵だけだっつーの。
そんなやり取りが、かれこれ5回は続いている。オレが葵に近付こうとすると、兄がやってきては邪魔をする。
「いー加減、王子も我慢限界。つーかさ、何なのお前。“俺の葵”とか何サマ? 葵は別にてめーのじゃねーだろ」
「え、葵から聞いてないのか? 葵は俺のものだ。な、葵」
「うんっ」
「…………王子もームリ。何コイツめちゃめちゃムカつくんだけど。殺っていーの? 殺っちゃっていーの?」
なんで葵のこんな可愛い笑顔が、こんなヤツに向けられてんだろ。
オレのベッドの上に胡座かいて、葵を抱きしめながら舌をちろりとのぞかせる邦枝翔。
オレの頭の血管が、ぶちっと音を立ててぶち切れた気がした。
でも、認めたくないけど翔は強い。一対一でやったら、匣兵器アリの天才の王子のオレでも、ちっとヤバいかもしれない。
……いつかぜってー寝首かいてやる。
そう決意したところに、突如フランがやってきた。そーいやこいつも今日は任務ないんだったな。
「どーもこんにちはー。葵サン、お兄さん、ベルセンパイの部屋で窮屈な思いしてませんかー?」
正直、翔とこのまま一緒にいたら、オレは怒りのあまり壁に頭を打ち付けていたかもしれない。
フランがここに入ってきたことを、オレは生まれて初めて感謝した。
「おーじの部屋、ナイフいっぱいでびっくりした。面白い」
「あの趣味の悪いナイフ、飾っておくなんてさらに悪趣味ですよねー。というわけで葵サン、今からミーの部屋に来ませんかー?」
前言撤回。
このカエル、状況をややこしくしただけだ。
「ふらんの部屋?」
「そうですー」
葵は首をこてん、と倒した。
「今日は、おーじの部屋にする。ふらんの部屋、今度泊めて?」
オイオイ葵、それはちょっとマズいだろ。
んな可愛く『今度泊めて?』なんて言ったら、カエルが勘違いするだろーが。
案の定フランは、少し動きを止めてから含みのある言葉を返す。
「……はーい。葵サンの“お泊まり”、楽しみにしてますー」
そこにすかさず入る、邦枝翔の突っ込み。
「葵が泊まるってことは、俺も泊まるってことだからな。よろしく、カエルくん」
「もちろんわかってますよー。こちらこそよろしくお願いします、お兄さーん」
……今んとこ、フランが何考えてんのかはわかんねー。オレと違って翔に敵意持ってるわけじゃないが、歓迎してるわけでもない。敵意を隠してるのか、葵に実は興味がないのか、はたまた肉親にはいい印象を持たれたいのか。
術士ってのは、本心が読めねーヤツが多くて困る。
そんなオレの心中を知ってか知らずか、フランはぽん、と手を打った。
「と、挨拶はここまでにしてー」
挨拶だったのかよ。
「お兄さん、ボスが書類整理に来いって呼んでますー」
翔はやれやれとばかりにため息をつき、立ち上がった。見上げる葵の額にキスをしてから、部屋を出る。
「俺が見てないからって、葵に手出したら殺すからな」
物騒なことを言い残して。
オレはにんまり笑って、ヤツの背中に手を振った。
本当ならこのチャンスに一気に距離をつめたいところだが、今はまず葵に聞かなければならないことがある。おそらくフランがここに来たのも、それを聞くためだ。
オレはベッドに座る葵の隣に腰を下ろした。葵の反対隣にはフランが腰を落ち着けて、ベッドがわずかに沈む。
「……葵さ、なんで兄貴とキスしてんの?」
意を決してオレが訊けば、フランもこくこくとうなずく。
「なんでって……普通でしょ?」
――――葵は、嘘をつかない。
葵は本気で自分たちを“普通”だと思ってるんだ。
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