月見草の恋

□思考は言語化してはじめて他者に伝わる
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僕はそう訴えたが、事はそう簡単な話ではないらしい。
ここでようやく、沢田綱吉が重い口を開いた。
「……問題は、邦枝翔さんが完璧“すぎた”ことなんです」
ヴァリアーの術士が、さして面白くもなさそうに僕の顔を見る。
「両親が爆死した例のホテルに、葵サンとお兄さんも泊まってたらしーんです。二人だけは生き延びて、街角で雨風しのいでたそうで。お兄さん、めちゃめちゃ強いって街で噂になってるんですよー」
弱小マフィア同士の小競り合いで、葵の両親の宿泊していたホテルは爆破された。まぁこの付近ではそう珍しいことでもない。
しかしそのホテルに、葵と兄も泊まっていたという。
不仲のはずの両親が、確執のあるはずの親子が、同じ場所に集まった。
もしかして葵たちは……両親に、会いに来たところだったのだろうか。
それにしても、あの治安最下層の街で日本人二人、よく生き延びたものだ。よほど邦枝翔は“強い”らしい。
僕の興味がわずかに傾いたのを知ってか知らずか、六道骸はため息をこぼす。
「……邦枝翔さんは、護身術はもちろん、ナイフや刀剣の扱いが天賦の才だったそうです。右手に長刀、左手に短刀、それが彼の戦闘スタイルだとかで……」
「問題は師匠と一緒で性格ですー。葵サン溺愛、葵サン中心、葵サン以外興味ナシ。パスポートも宿もなくして、街角で雨風しのいでた時も、葵サンの半径2mに近付く人は、もれなく殺戮ショーにご招待だったそうですー」
ここで沢田綱吉が、僕に分厚い書類を渡した。
「これが、邦枝翔さんが始末した人間のリストです」
ぺらっとめくって、正直驚いた。物取り、人拐い、殺人鬼、マフィア、チンピラ、手がつけられなかった街のゴロツキ、どこぞの暗殺者。
マフィアに関しても、下っ端から幹部までフルコースだ。
「食べ物等はどこかから盗らなければいけなかったでしょうし、夜となればあの街の治安は最悪ですからね。彼女を一人にした時……小さな彼女に寄ってきた無頼の徒の成れの果てが、このリストでしょう」
沢田綱吉は、いつになく険しい顔つきで僕に告げる。
「……ヒバリさん。邦枝翔さんの了承があれば、葵ちゃんを連れてきてもいいです。……難しいとは思いますけど……。でも、無理矢理彼女を連れ去って、お兄さんと戦闘になるような事態は、絶対に避けて下さい」
「僕が負けると思ってるの?」
「場合によっては」
「それは君の超直感ってやつ?」
「はい」
いつもどこか自信なさそうに物を言う彼が、ここまで真剣に僕を止めている。
彼自身戸惑っているようだが、迷いのない目だ。
……面白い。
僕はわずかに唇の端をつり上げた。
「……いいよ。実力行使はやめてあげる。でも僕は、必ず葵を僕のものにしてみせる。邪魔したら君たち全員、咬み殺すから」
僕はそれだけ言い残して、執務室を出た。
やっぱりあの小動物には、飼い主がいた。なら、その飼い主を咬み殺せばいい。
あのリストにはいくつか遺体の写真も載っていたが、見ただけでわかった。頸動脈、心臓、眉間、その他致命傷に至る箇所のみが貫かれている。かなり腕の立つ人間だ。
確かに沢田綱吉の見立ては間違っていない。
僕とて闘り合ったら、無傷では済まないだろう。
――でも、だからこそ手に入れる価値がある。葵、君の隣に在るべきは僕だ。
邦枝翔は間違ってない。よくこの15年間、葵を群れから守ってくれた。
けどこれからは、僕がその場所をもらうよ。葵を僕のものにする。
僕は心に決めて、葵を迎え入れる準備を進めることにした。
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