月見草の恋

□私が法だと本気で思っているのは愚者か賢者だ
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「…………きょーや」
「何だい?」
「なんで、ここ?」
「僕が使ってる車だから」
今僕の膝の上にいるのは、このあいだヴァリアー邸で見つけた小動物。あの時はサル山の大将に邪魔されて持ち帰れなかったけど、今日はここにいる。
名前は確か、邦枝葵。
葵は車の最後尾の窓越しに、一部が崩壊したヴァリアー邸を見つめている。何を思っているのか、一言も発することなく、彼女はそうしていた。
一番前の運転席では、草壁が急ピッチでハンドルを切っている。
事の始まりは簡単だ。
葵を僕の屋敷に連れ帰るために、彼らの居住スペースの一部を壊した。ただそれだけのこと。もうもうと立ち込める砂煙の中から、涙目で外に出てきた葵をすかさず捕獲。そして、今に至る。
ヴァリアー側が黙ってないって?
そんなの僕の知ったことじゃない。どうせ沢田綱吉が何とかするでしょ。
ただでさえ並盛から離れてイタリアなんかにいるんだ。それだけでもムカつくのに、守護者は全員参加の集まりだとかいって、六道骸とも顔を合わせなきゃいけない。
小動物でも近くにいないと、辺り一面咬み殺したくなる。
いきなり抱き上げられて最初は抵抗した葵も、相手が僕だとわかると力を抜いた。
そこがまた可愛い。
まぁ、そのままの勢いで車に乗せて連れ去ったのは、ちょっと驚かせたかもしれないけど。
「……どこ、いくの?」
「ボンゴレのイタリア本邸だよ」
「ぼん、ごれ。人いっぱい?」
「うん」
すると葵は、何故か僕のスーツのボタンを外し、シャツ越しに僕にぴったりくっついて、中からまたボタンを掛けた。
「…………」
「…………」
スーツの中で、ぎゅうぎゅうになりながら抱き合っている感じだ。僕のスーツの上着が、人型に膨らんでもぞもぞしている。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………一応聞くけど、これって何の意味があるの?」
長い沈黙の後、僕はそう問いかけた。
葵がぴったり抱きついたまま、首を左右に振る。
「……人いっぱい、いや」
「ワオ、群れが嫌いな小動物なんて最高だね」
「外でたくない。人、こわい」
僕の機嫌はかなり良かった。ちょうどボンゴレ本邸が見えてきたので、人の少ない裏口から入ろうと、草壁に告げようとした時だった。
「おやおや。随分と面白い格好をしているじゃないですか、雲雀恭弥」
突如として車の中に、六道骸が現れた。第三者の声に、葵がびくっと肩を震わせる。
僕の機嫌が急降下した。
「……用もないのに、その顔僕の前に出さないでくれる? 六道骸」
「クハッ、用ならありますよ。どうも見慣れない気配が裏口にあると思えば……何ですか? それは」
「君には関係ないよ」
「興味があるだけです」
「興味ごと消え失せて」
六道骸は本当にムカつく。でもそれ以上に、奴の声や興味が葵に向くことがムカつく。
「これは僕のお気に入りだよ。別に敵でもないし世話も僕がするんだから、放っておいてくれる?」
葵はより強く僕に抱きついて、必死に隠れようとしている。顔を奴と反対の方に向けてぎゅっと目を閉じ、スーツを唯一の盾のように被る。その姿は、僕の庇護欲をひどく駆り立てた。
「葵、この変態は僕が咬み殺すから、スーツ被って隠れててくれる?」
こくこくこく、とうなずく葵。僕は渋々彼女の手を自分から外し、頭を隠して猫のように丸まった葵に、スーツの上着を被せた。
「おっと、僕は戦う気はありませんよ。招いた覚えのない客人を見に来ただけですから」
「葵をこんなに怯えさせといて、ただで済むと思ってんの?」
僕は車の窓をぶち破って、仕込みトンファーを投げつけた。
「相変わらずですね、雲雀恭弥」
避ける六道骸は、どうせ幻覚だったんだろう。すぐに霧のようにかき消えた。
車の窓ガラス一枚が無駄になったけど、大したことじゃない。それより問題は葵だ。
僕はスーツの上着をそっと持ち上げて、彼女の様子をうかがった。
着ているものは相変わらず真っ黒だけど、耳をふさいでひたすら丸まっていると野うさぎに見える。いや、この震え方は小鳥か。
どちらにしても、非常に愛らしい。
僕は葵の髪をなでた。落ち着かせるように、何度も何度も。
「……きょーや……?」
「うん」
「もう、いない……?」
「うん」
ようやく安心できたのか、葵はごそごそ動き出し、姿勢をただして座った。
「あのぱいなっぽー、きょーやの知り合い?」
僕はうっかり吹き出しかけた。初対面で『ぱいなっぽー』とは、奴も嫌われたものだ。内心すかっとした。
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