月見草の恋

□出会いと呼ぶにはあまりに淡々とした事実
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その日オレは、ボンゴレ幹部の集まる会議に出席させられていた。ドカスどもの集まる席でどうでもいい治安報告を聞きながら、オレは半分寝ていた。
会議が終わって屋敷から出た後も、寝不足がたたってか頭に霞がかかったようだった。
だから、だろうか。
車に乗り込もうとした際に、妙なものを見つけてしまったのは。
「……」
“それ”は、黒い髪に黒い瞳でじっとこちらを見ていた。
何も言わない。まったく動かない。
ただオレの瞳を、突き刺すような眼差しで見つめてくる。
「ザンザス様?」
車のドアを開けて待っているカスを無視し、オレは“それ”に歩み寄った。
近くで見ると、“それ”はかなりの小柄で、文字通り黒ずくめだった。道の隅で膝を抱えて座っている。持ち物は、ない。
身一つでこのオレを見据える姿は、どこかベスターに似ている。
気付けばオレは、日本語で問いかけていた。
「……ジャッポネーゼか?」
“それ”はうなずいた。
「行くとこはあんのか」
“それ”は首を横に振る。
オレはわずかに唇の端を引き上げた。
ただの気まぐれ、暇つぶし、偶然と必然の邂逅。言葉はいくらでもある。
一つだけ確かなのは、こいつとオレが、今この時代この場所で出会ったという事実だ。
オレは一言告げた。
「一緒に来い」
“それ”はしばし観察するようにオレを見上げた後、こくりとうなずいて立ち上がった。
立ってもやはり背は低い。オレは頭一つ分よりさらに低い“それ”に問いかける。
「てめーの名は?」
「……邦枝葵」

これが、葵との出会いだった。

*****

ヴァリアー邸について部屋に向かう途中も、葵は一言も口をきかなかった。ただ珍しげに、大きな黒い眼をぱちくりさせている。
オレの後について小走りで追いかけてくる様は、さながら忠犬だ。
しかも置いていかれるのが怖いのか、オレの隊服の裾をきゅっと握っている。
……少し、口角が上がった。
廊下を歩いているだけで何人ものカスとすれ違い、そのたびに道をあけられる。オレは堂々と闊歩しながら、ちらりと後ろを確認する。
葵は無表情で、しかしやはり物珍しそうに辺りを見回していた。
ちょうどその時、向こうからベルが歩いてきた。後ろにフランを連れているところを見ると、任務帰りらしい。
例のごとく二人で何か言い争っていやがる。
「あれは絶対センパイの油断が原因ですってー」
「いーや。ぜってーお前のせいだ」
「まーたミーのせいですかー?」
「ししっ。当たり前だろ、……って、ボスじゃん」
オレに気付いた二人が、そろって挨拶しようとして、そのまま固まった。
「…………ボスー。その後ろの、何ですかー?」
オレは淡々と答える。
「葵だ」
「……ししし。さすがの王子もビックリ。ボスに名前呼ばせる女なんて、この世に存在したんだな」
本気で驚いているらしいベルには悪いが、別にオレは葵のことを認めているから名前で呼んでいるわけではない。名前しか知らないからだ。
『カス』と呼んでも、こいつはおそらく自分が呼ばれているとは気付かないだろう。そうなれば、現れた時と同じようにふらっとどこかへ行ってしまう気がした。
だから、名前で呼んでいる、だけ。
……まあ、無駄口をたたかないところや、どこぞのカス鮫のようにやかましくないところは嫌いではないが。
「葵、今日からここがてめーの家だ」
葵は驚いたようにオレの目を見ると、こくりとうなずいて背中に抱きついた。
「ちょ、おま……! …………ありっ?」
「……ボス、キレたりしませんねー」
不思議そうなベルと、若干目を開いたフランを尻目に、オレは再び歩き出す。
自分でも何故怒りがわいてこないのか不思議だが、とにかくオレは葵の頭をがしがしなでてやった。この感覚はおそらく、手負いの獣を手なずけた時のものに似ている。
おとなしくオレから体を離し、また隊服の裾に戻る小さな手。
柄にもなくそれに満足感を得て、オレは久しぶりに笑みを浮かべた。
こいつがどこの誰だろうとかまやしねえ。
オレを殺したいなら殺してみろ。
ここに居たいなら居ろ。
出て行きたいなら出て行け。
オレはお前に一切干渉しねえ。

ただの気まぐれ、暇つぶし、偶然と必然の邂逅。言葉はいくらでもある。
一つ確かなのは、オレはこの無口な黒猫を意外と気に入ったという事実だった。
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