勿忘草の心2

□3.秘密
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「跳ね馬、なんでエース君に七花のこと教えたんだよ。下手したら邪魔が増えるだけじゃん」
無言の携帯電話のこちら側では、それこそ好き勝手な会話が進められていた。
「オレは教えてねーよ。恭弥のヤツ、勝手に七花の旅行先調べてオレに電話寄越して、七花に代わらねーと雲のリング捨てるとかって言い出して……」
「しししっ、放っときゃいーじゃん。雲のリング捨てられたって、キャバッローネに損なんてねーだろ?」
「オレがリボーンに殺されるっての!」
……クモノリングとかキャバッローネとか、またわけのわからない単語が飛び交っている。
私はこちら側の会話に参加することを諦め、電話の向こう側に意識を集中させた。
「…………恭弥くん、言って? 言ってくれないと、私……わからないから」
《…………》
「……恭弥くん」
《……っ七花は、》
「……うん」
電話の向こうの恭弥くんは、珍しくためらっているようだった。私は無理に急かさず、じっと続きを待つ。
やがて恭弥くんが、小さくぽつりとつぶやいた。
《…………どうして、応接室に来なかったの?》
「――――……」
それが恭弥くんの、憂鬱だったんだ。
「……ごめんね。夏休みに入ったら、用事もないのに応接室に行くの、悪い気がして」
並中を愛してやまない恭弥くんのことだ。夏休み中もきっと応接室にいるんだろうとは思っていた。
けれど、長期休暇に入ってしまった以上、連絡係という名目は成り立たない。ましてや相手は、自分に告白してくれた後輩だ。
用事もないのに会いに行くのは、迷惑?
無駄に気を持たせるようなことはするなって、怒る?
……わからなかった。亮斗くんへの気持ちしか知らない私には、自分に向けられる“好き”がどんなものかもわからなかった。だから、どうするべきかもわからなくて。
行こうかどうしようか迷った私は、結局応接室に行けないまま、イタリアに来てしまったのだ。
《僕は……ずっと待ってた。君に会いたかった》
恭弥くんらしくない、素直な言葉に胸が締め付けられる。
《でも僕は、君と連絡先を交換してなかったから。……会いたくて我慢できなくて家まで行ったら、この人とイタリアに行ったって、君の母さんに言われた》
「恭弥、くん…………」
私が迷ったことは、間違いじゃなかった。
でも、私がしたことは間違いだったのかもしれない。
《この人の連絡先は知ってたから。…………どうしても……七花の声、聞きたかったんだ》
「……っ恭弥くん、ごめんね……! 悩ませて、ごめん。会いに行かなくて、ごめん!」
感情表現が不得意な恭弥くんが、わざわざ家にまで会いに来てくれた。それくらい、会いたいと思ってくれていたのに。
恋愛感情。
ただそれが私たちの間に横たわっているだけで、うろたえていたのは私だった。
「ごめんね……! 私、怖くて…………」
言わなければ気持ちは伝わらない。夏休みになってぱたりと足の途絶えた私を、恭弥くんはどう思っただろう。
きっと不安だったはずだ。
私なんかよりよほど、“嫌われたんじゃないか”という思いと闘っていたはず。
《……怖い?》
「夏休みまで押しかけて、迷惑と思われないかとか…………気を持たせるようなことするなって、そう思われる気がして……!」
不意に、恭弥くんがくすっと笑った。
《……何、そんなこと気にしてたの? やっぱり七花は鈍感だね》
「ど……っ、鈍感ってどういうことっ? 私だっていろいろ考えてたら、頭がこんがらがってきちゃって……!」
電話の向こうから耳に伝わるのは、恭弥くんが笑う気配。
もう恭弥くんは、不機嫌じゃないとわかった。
《七花は、考えすぎなんだよ》
「考えすぎ?」
《君が小学生の時……まだ桜庭亮斗が生きてた時。彼が話しかけてくれたら、会いに来てくれたら……それを迷惑だと思った? 気を持たせてるなんて思った?》
私ははっとした。
あの頃の私は、亮斗くんに会えるだけで一日が楽しかった。目が合えば、うれしくてたまらなかった。
会いたいと……そう思う気持ちに、理由なんてなかった。
「思わなかった……思わなかったよ。会いたかった。会えるとすごく…………うれしかった」
《――それは僕も同じだよ》
ときん、心臓が飛び跳ねた。
《……君に会いたい。毎日会いたい。……今すぐ、会いたい》
「きょ……や、くん……」
《電話じゃなきゃ、こんなこと言わないよ。……僕にこんなこと言わせられるの、七花だけだってわかってる?》
いつの間にか、私の唇は弧を描いていた。
「…………うん。今は携帯日本だから、帰ったら連絡先、交換しようね」
《……うん》
「応接室……行くね」
《うん》
「部活ある日だけでも、いい?」
《……仕方ないから、許してあげるよ》
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