月見草の恋

□時間と頭は常に使うためにある
3ページ/3ページ

ややあって小さな唇から聞こえたのは、拗ねたような声だった。
「お兄ちゃん以外で、特別……思いつかない」
――――だったら。
「――じゃあさ、オレを“特別”にしてみねー?」
この感情の名前をオレは知らない。
だけど、オレにしては珍しく、ちょっと積極的にアピールしてみた。
だってこいつは、かわいすぎる。
小さい手も少し無知なところも、なつくと口数が増えるところも、ちっこいところも。
葵が自分だけになついて、自分だけに心を開くようになったら――そう思うと、体の芯がうずく。
きっとこれは独占欲。
多分オレだけじゃなく、葵に関わったヤツは皆そう思うんだろう。だからこそ、ヒバリも彼女を連れてきた。
守ってやりたくなると同時に、独占したくなる。そして何より、笑顔を向けてほしくなるんだ。
自分だけに、いまだ見たことのない満面の笑顔を向けてほしいと。
この気持ちが恋なのかはわからない。
何しろ相手が特殊だし、不明なことが多すぎる。いつまでここにいてくれるのかもわからない。今も告白を勢いよくスルーされた。
それでもここにいる間は、オレが守ってやる。オレはそう決めた。
「あ、そういや葵。オレの部屋来て何するつもりだ?」
オレはごく自然に問いかけたのだが、次の言葉を聞いて自分の耳を疑った。
「一緒に寝よ」
………………一緒に、寝る?
いや、葵のことだから、そこに他意はないんだろう。本当にただ一緒に眠りたいだけなのだとは思うが……。
「一緒に昼寝しようってことか?」
「うん! お兄ちゃんとは毎日してたから」
この歳の兄妹で毎日一緒に昼寝。“普通”ではないが、とりたてて“異様”というわけでもない。
仲が良いという件の兄とは離れているようだし、この人見知り具合だ。慣れない屋敷で人に会って、疲れているのかもしれない。
オレは笑って、葵の手をぎゅっと握った。
「おう! じゃあ一緒に昼寝な!」
「やったっ」
葵は無表情ながらも、わずかにはしゃいだような声を出す。
「ねぇ、腕枕してくれる?」
「あぁ、いいぜ」
断る理由もないのでうなずくと、今度は葵がオレの手をぎゅっと握り返した。
「たけし……すくに、似てる」
「オレが? スクアーロに?」
にわかには信じがたいが、同じ剣を扱う者同士、どこかつながるものでもあるのだろうか。少なくとも葵は、そう感じているらしい。
「すくと一緒でね、一緒にいると安心する」
「……そっか」
「今はね、お兄ちゃんとのかくれんぼだけど、時々ちょっぴり寂しくなるから。……だから、すくと離れたくなかった」
葵は前を向いたまま、ぽつりとつぶやく。
「きょーや嫌いじゃないけど、すくと離れて寂しかった。でも、たけしに会えた」
「葵……」
オレの顔を仰ぎ見て、葵は少し眼を細めた。
「たけしも、ちょっとお兄ちゃんに似てる。だからたけしも、すき」
兄貴と似てるからっていう理由は喜べねーけど、ちょっとでもオレのことを好きだと思ってくれてるなら、うれしい。
「……オレも葵のこと、好きだぜ?」
「えへへ。らぶらぶだね」
わかって言ってるんだか、わかってないんだか。
そんなあやふやなところさえかわいく見えるなんて、オレもかなりほだされてる。
「そういや葵の兄貴って、何て名前だ?」
「翔。邦枝翔」
つぶやいた葵の声は、どことなくうれしそうだった。
きっと会いたくて仕方ないんだろう。それに嫉妬する自分に、オレは苦笑した。
邦枝翔という名前に聞き覚えはない。
しかしいつかは会ってみたいと、オレはぼんやり思うのだった。
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ