勿忘草の心3

□16.許可
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ガラ、

響く音に顔を上げると、スっくんがいた。
待ち侘びた人に、私はホワイトボードとマーカーを持って、駆け寄る。
「……七花」
【スっくん、私に何をしてほしい?】
スっくんは、かつての私のヒーローだった。宝物を守ってくれて、一途すぎるくらい好きだと言ってくれて、未来の私の恋人だった。
私はスっくんの義手をくいくい引っ張って、切れ長な瞳を見つめる。
「……ベルが、泣いてた」
「?」
そうなのか。
私はなんとなくうなずいて、ホワイトボードをもう一度見せる。
【スっくん、私に何をしてほしい?】
スっくんは、どこか辛そうに私を見る。
「オレに、助けてやってくれ……なんて、ヤツらしくねぇこと頼んできた」
そうなのか。
何のことかわからないが、またもスっくんは仲間に頼られているようだ。
「……あのクソボスが、オレを殴らなかった。あいつの涙なんて、…………初めて見た」
だから、何なの。
ザンザスさんが泣いた。
それはそんなに重要なことなのか。スっくんにとってはそうでも、私にとってはそうじゃない。
そうか、もっと具体的に私が案を出せばいいのか。
何をしてほしい、より、どれをしてほしい、の方が答えやすい。
私はホワイトボードを消して、文章を連ねていく。
【私を殺していいよ。私を殴っていいよ。私を刺していいよ。私を抱いていいよ。私を傷つけていいよ。私を好きなようにしていいよ。私を】
途中で、右手をおさえられる。スっくんは私と同じ目線までしゃがんで、ゆっくり首を横に振った。
「?」
スっくんは暗殺者だから、殺すの好きなんじゃないの?
なら、私を殺していいのに。
スっくんは私を好きって言ってたから、私の身体は役に立つんじゃないの?
なら、好きにしていいのに。
「…………っ桜庭亮斗はお前の、」
大きな声をキスで塞ぐ。
「…………っ!」
スっくんはぴく、と体を強ばらせた。
おさえられた右手はマーカーを放棄して、彼の手を握る。骨の形を確かめるように指を繋ぐと、スっくんが息を飲んだ。
私は彼の薄い唇を啄んで、吐息を漏らす。
いつも強引だったでしょ?
どうして今は、応えてくれないの。
不満げにスっくんの首に手を回して、銀色の目を見つめる。
「……こんなオレに、お前を助けられると思うかぁ?」
うなずく。
「……こんな状態のお前なのに、…………それでもいい……なんて思っちまう」
よくわからないけれど、うなずいた。
スっくんは目を伏せる。
「…………そんな七花でも、手に入るなら…………なんて、オレは桜庭亮斗に顔向けできねぇなぁ…………」
どうしてここで亮斗くんの名前が出てくるの。もういない人の名前が。
私はホワイトボードの文字を服で消して、時間が惜しいとばかりに書き殴る。
【私を見て】
スっくんの眼前に突き付けた。
「……っ見てる、だろうが」
ゆっくり、下に書き足す。
【私に意味を与えて】
スっくんが瞠目した。
「……、七花…………」
私はお礼を、お返しをしたいのだ。そのために何をすればいいか、教えてほしい。
【何でもするから、教えて。私に何をしてほしい?】
「――」
スっくんは無言で、私の頬に手を伸ばす。
私は目を閉じる。
慣れたスっくんからのキス。
重なった唇から、舌が割って入ってきた。
邪魔をしないように、上顎や歯列をなぞる動きを感じ取る。スっくんがかすかに震えた瞬間、今度は私が真似をした。
何と言うか、見えないから舌先でスっくんの咥内を探検しているみたいだ。どこに舌があって、どこに歯があるのか探して見つけるのは意外に面白かった。
他人の歯の凹凸なんて知る機会はない。あ、ここは尖ってる。犬歯かな、なんて考えながら唾液を嚥下した。
こくん、と喉を鳴らすと、スっくんはまた僅かに震えた。
「くそ…………っ!!」
スっくんが隊服を脱ぎ捨てた。その上に押し倒される。噛み付くような口づけに応えながら、ようやく求められたことにほっとした。
とは言え私には経験がない。どうしたら喜んでもらえるかわからないが、そこは後で考えよう。
――後で、という言葉に引っかかりを覚えた。
私はもう身体しかあげられるものがない。それをあげてしまったら、もう、何もあげられなくなってしまうのだ。一回で飽きられたら、私の意味はそこで終わってしまう。
「……」
まぁ、その時はその時だ。
他に必要としてくれる他人を探せばいい。心がないなんて、風俗にはぴったりかもしれない。経験値の無さは努力で補おう。
そんなことを考えていたら、不意に身体が軽くなった。
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