勿忘草の心2

□12.混線
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「…………」
隼人くんはしばらく無言で私を見ていた。
私はこれ以上かける言葉も見つからず、ただ隼人くんの眼を見つめ続ける。
すると不意に、隼人くんは大きく息を吸い込んで、それはそれは深いため息を吐き出した。
私の頭をがしがしと撫でて、ついでに額に軽くデコピンをする。
「痛っ」
「これで我慢してやってるんだから、有り難く思え」
ぶっきらぼうにそう言った隼人くんに、もう先刻のような刺々しさはなかった。
以前の彼ならば、それこそ怒りにまかせて武くんを傷つけたり、私に無理矢理何かを強いたりしていただろう。
しかし今の隼人くんは、不満げながらも怒ってはいないようだった。
「……ったく」
そうぼやきつつ、隼人くんは私の頬に手をそえる。
あたたかなてのひらにほんの少しほだされるも、向けられる眼差しの熱さに胸は高鳴った。
「隼人くん……」
「本当はこのまま、……お前にキスしたい」
「!」
一気に頬が熱を持つ。
私は息を飲んで、翡翠の瞳を見つめた。
至近距離で見ると、改めてわかる澄んだ色。
そこに激情と自制を宿して、隼人くんは私を射抜く。
「……でも、それじゃあ前と変わんねーから。…………また泣かせたく、ねーから……」
いとおしい、とその瞳が告げていた。
まもりたい、と声なき声が聞こえた。
「あ……」
隼人くんが、強く私を抱きすくめた。
「オレは七花より後に産まれちまった。それは今さら変えらんねー事実だ。だけどオレは、……どんな大人にも負けないくらい、七花が好きだ」
どくん、心臓が音を立てる。
「お前の全部……好きだ。お前の全部が欲しい。……止めらんねーよ……」
かすれた声が耳朶を震わす。
スっくんからされることはよくあった。大人の色気というやつを嫌というほど感じさせられたのは、記憶に新しい。
でも隼人くんのそれは、ある意味スっくん以上に破壊力があった。
いつもは短気で、すぐに手が出る隼人くん。
その隼人くんが、自分の衝動をこらえながら、熱すぎるほどの思いの丈を打ち明ける。
「……っ」
年下、なのに。
亮斗くんじゃ、ないのに。
私の鼓動は速度を増して、思考さえ乱していく。
「……っやだ……っ、隼人くん、離してっ……」
罪悪感と、高揚感。
言葉とは裏腹に、私の体は抵抗などしていない。
力が、出ない。
「……七花。……愛してる」
隼人くんは一度私をきつく抱きしめて、やがてゆっくりと離れた。
私は真っ赤な顔とうるんだ瞳を見られたくなくて、うつむくことしかできなかった。
「……七花のそういう反応、可愛すぎんだよ。バカ」
「……っ隼人くんの、お……っ女ったらしっ! ホストっ! …………なんで、こんな……」
なんでこんなに恥ずかしいの、と呟いたら、隼人くんは喉の奥で笑った。
「年下だからって、甘く見んなよ」
もはやぐうの音も出ない私を満足そうに見やり、隼人くんは部屋を出て行った。
再び一人残された私は、一向に静まらない熱にしばし悩まされるのだった。

*****

突然部屋のドアが叩かれて、オレはおっかなびっくり扉を開けた。
ノックと呼ぶには強いその音の向こうには、何故か泣いている山本がいた。
そしていきなりその場にくずれ落ちる。
「や……っ山本!?」
オレはあわてて山本に駆け寄った。
「どうしたの!?」
「ツ、ナ…………っ」
とりあえずオレは、山本の背中を軽く叩いて部屋の中に促した。
山本は唇を噛み締めて、肩を震わせている。
いつも明るくて、優しくて、天然で、気付けば笑っているあの山本が。
こんなにも苦しそうに、辛そうに顔を歪めて泣いている。
「えと、その、あれ……ディーノさんのお屋敷って、やっぱりすごいよね! オレ、こんな立派な部屋を借りちゃって、何か物を壊したりしないか、心配、で、さ…………」
「……っ……」
どうにか明るい方向に持って行こうとして、オレは見事に失敗した。これ以上空気を読めない言動はさすがにとれない。
どう切り出すべきかと迷って、口を開こうとした時だった。
「っオレは最低だ……っ!!」
山本が、叩き付けるように叫んだ。
声が反響して、部屋がかすかに揺れた気がする。それほどに、痛々しく荒々しい叫びだった。
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