月見草の恋

□行く手を遮るものがあるなら自らの手で排除せよ
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――――――。
――……。

「この……っ変態シスコン野郎!」
あれからわずか1分で、オレは動きを封じられていた。
翔が何をしたのかわからない。日本刀一本でオレのナイフを弾いてそらして。気付いたらオレは、自分自身のワイヤーで身動き取れない状態になっていた。
「……なんでだよ。なんでお前なんだよ。なんで葵の兄貴が、お前だったんだよ……!」
天才のオレが負けた。王子のオレが。
嵐ミンクは屋敷内では出さないが、相手も匣兵器を持っていない。条件は五分五分のはずだった。
「……っいつかぜってー、サボテンにしてやる……!」
こんな敗北感、生きてる間に抱くことはないと思ってた。
だけど邦枝翔は、あまりに完璧すぎた。
そしてあまりに、歪みすぎていた。
「俺は葵のためだけに在る。葵のためなら何をも恐れない。誰が死のうと構わない。俺は葵だけを愛してる。殺して俺だけのものにしたいくらい、愛してる。……だったら葵も、俺のために在るべきだ」
無茶苦茶な論理だった。
「葵は……っここに来て、少しずつだけど変わった! もうてめーだけのもんじゃねーっつの。オレは……オレは必ず、葵の心を手に入れる!」
オレは精一杯叫んだ。
すると翔は、ふっと笑った。
「……そうか。お前、葵が好きなのか」
次の瞬間、日本刀がオレの髪を数本切り落とした。
「……葵は俺のものだ。誰にも渡さない」
本当にどこまでもムカつくヤツだ。動けないオレを前に、拾ったナイフをくるくる回して遊んでいる。
「あぁちなみに。葵は男を知らない無垢な小鳥だ。オレだって、子供なんて面倒くさいものはいらない。もしそんなものができたら、葵の関心がそれに移ってしまうだろ?」
葵は、兄に虐待を受けていたわけではない。その事実が、ほんの少し、オレの理性を呼び戻した。
……そうか。あんなに簡単にキスさせてくれたのは、葵の中で『好意をくれる人』だと認識されたからだ。
だったらオレが、今度は『男として』意識させてみせる。
邦枝兄妹は、良くも悪くも葵中心に世界が回っている。ならば、葵の心を射止めれば、翔も文句は言えないはずだ。
オレはきっ、と顔をあげて、翔を睨みつけた。
「今回は負けたけど、次は負けねーよ。ぜってーお前をサボテンにする」
と、不意に邦枝翔がオレの肩を締め上げていたワイヤーを切った。同時に自由を取り戻す、自分の体。
「……潔く負けを認められるなら、お前はまだ強くなれる。せいぜい葵に汚い面を見せないように、頑張るんだな」
言葉は辛辣だ。
でもそこに、温かさに似た何かを感じて、オレはしばし呆然としていたのだった。
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