無双的駄文

□後ろ姿/兼政
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或る日江戸城の廊下で、政宗は久々に兼続と顔を合わせた。

しかし、兼続は政宗に挨拶もせず、そのまま通り過ぎようとする。

自尊心の高い政宗にとって、これは見過ごせる事では無かった。

「兼続!貴様陪臣の分際で、儂に挨拶もせぬとは無礼であろう!!」

既に見知った相手でありながら自分を無視する兼続に、政宗は怒り心頭する。

が、兼続は涼しい顔でこう言った。

「これは済まぬ。だが…私が貴殿の顔を見忘れていたとて無理はあるまい」

「なっ!?」

棘のある言い方と鋭い眼光に、政宗は言葉を詰まらせる。

怒っているのは此方の筈なのだが…。

「何じゃ貴様、その物言いは…っ!?」

少々怯みつつもまた噛みつこうとする政宗だが…不意に、ぐいと顎を掴まれる。

すぐ目の前に、兼続の顔があった。

「何をする無礼者!!」

じたじたと暴れてみるが、大して効果は無い。

「果たして無礼はどちらかな」

「うっ…?」

極上の笑顔で凄まれ、政宗は凍り付く。

「私の贈った文を尽く無視し、歌会や茶会等の会合でも避けて通る」

「!!」

「偶に見掛ける事あらば…踵を返して逃げてゆく。私が見るのは、何時もお前の後ろ姿ばかりだ」

(気付いておったのか…)


政宗は兼続がどうも苦手だった。

思わず、言葉に詰まる。

「さあ、何か申し開きがあれば言ってみろ」

珍しく笑顔を絶やさぬ兼続が恐ろしい。

「あ…いや、その…」

「ん?」

あくまで優しい声で追及する兼続に、政宗はしどろもどろになる。

「つ、つまりな……ひゃっ!?」

やんわりと耳を触られ、政宗は身じろぐ。

「つまり、何だ?」

「ぁ…や、止めよっ調子に乗るで無いわ!!何故儂が貴様如きの招きに応じねばならぬのじゃ!!」

さして親しい訳でも無いのに馴れ馴れしい!と、猫のように擽られながらも政宗は毅然とした態度を貫こうとした。

すると。

「相分かった」

驚く程簡単に、兼続は政宗の顎を掴んでいた手を放した。

「わ、分かった…のか?」

あっさり引き下がった兼続に、政宗は拍子抜けする。

それでも警戒を怠るまいと、じりじり後退する政宗だったが。

今度は突然手首を掴まれる。

「お、おい!?」

己より太い兼続の腕に拘束され、政宗は慌てる。

(しまった意趣返しか)

と思ったが、奥州を束ねる大大名として、この男に負ける訳にはいかない。

「貴様っ、納得したのでは無かったのか!!」


政宗が顔を真っ赤にして怒鳴りつければ、兼続は不敵に笑った。

「納得?ああ、したとも」

「なれば…」

「茶会や歌会に招きたくば、まずはお前ともっと親しくなれ、という事だな」

「はぁ??」

政宗は頓狂な声を上げる。

この男の頭の中身はどうなっているのか。

驚きを通り越し呆れていると、それを良い事に兼続は手を繋いだまま歩き始める。

「おい、きさ…」

「幸い私もこの後は予定が空いている。今出会ったのも縁、では早速私の部屋で飲むか」

「貴様儂の話を聞いておるのか!?」

「お前も酒は好きだろう」

「嫌いでは無いが…っでは無く、誰が貴様の屋敷になど…っ!!」

「越後の酒も美味いが…お前の故郷の酒も、中々美味だな。よし、今日は城下で造った酒を飲もう。山犬、今宵は朝まで付き合って貰うぞ!」

「聞けえぇぇ!!誰かっ、誰かおらぬか!!助けよ!!小十郎、小十郎〜っ!!!!」

こうして憐れ政宗は、兼続に長廊下を引き摺られて行くのだった。




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