無双的駄文

□運命(さだめ/信光
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めらめらと、紅蓮の炎が天を焦がす。

積み上げられた数多の屍。

闇夜に浮かぶ火の粉が、蝶のように舞っている。

今まさに燃え盛る寺の本堂で、対峙して居る二人の人影。

一人は瞳に孤高の狂気を宿す、現世の魔王と呼ばれた男。

もう一人は、細身で絹のような黒髪をした美丈夫。

柱や天井が次々と焼け落ちてゆく中、二人は言葉も無く見つめ合う。


やがて、光秀の美しい唇が動いた。

「…何故、逃げなかったのですか」

絞り出すように言った、その声は震えていた。

「逃げる?」

信長は喉の奥で笑う。

「何故に?信長はうぬを待っていた」

「…!?」

光秀の目が開かれる。

「何を驚く、光秀」

事も無げに言う信長に反して、光秀の瞳には深い憂いの色が浮かんだ。

「何故…何故っ…!!」

光秀は悲痛な叫びを上げる。

「何故逃げて下さらなかったのですか…!!」

それは魂からの言葉。

縋るように、咎めるように。

「どうしてっ…」

言葉が途切れ、光秀の膝が崩れ落ちる。

床に倒れ伏したまま起き上がろうとしない光秀に、信長の影が近付く。


「ならば逆に問おう」

燃え盛る本堂に響く、凛とした声。

「うぬは何故信長を斬らなかった」


俯いている光秀の頬に、固い武具を着けた信長の手が触れる。

突然の事に身を竦ませる光秀だが、信長は構わず白い顎を上げさせる。

「信長…様」

美しい眉が、僅かに顰められる。

「私は…私は貴方に斬られたかった」

その瞳は凄絶な感情を映していた。
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