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□恋する催眠術
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 人間、切迫すると何をしでかすか分からない、とはよく言ったものだ。
現に俺も、頭がおかしくなったとしか思えないことをしようとしている。

「雄大…朝っぱらから何?」

 律が不機嫌なのも無理はない。
時刻は早朝6時。しかも日曜日。
俺だってこんな時間に叩き起こされたら怒るだろう。

「大した用じゃなかったら刺すから」

 律はモソモソとベッドから出ると机の上のペン立てからハサミを取り出し、尖った先端を俺に向けた。
可愛い顔をして結構物騒なことを言う。

「はは、は…まぁ座って」

(ヤベェ…用件言ったら確実に刺されるな)

 俺の用件、それは…催眠術だ。
律が俺を好きになるよう、催眠を掛けに来たのだった。
笑いたければ笑えばいい。
俺だって馬鹿馬鹿しくて涙が出そうだよ。

 家が近所の俺達は昔からの幼馴染みだ。
親同士も仲が良くて兄弟みたいに育った。
でも俺は、幼馴染みとか兄弟だなんて一度も思ったことはない。
初めて会った瞬間から律のことが好きだ。

 律の一番近くにいられる今の関係を壊したくなくて、長年このポジションに甘んじてたけど、そんな俺に危機が迫っていた。

 それは昨日の夜、仲の良いクラスメイトからの衝撃的なメールによるものだった。

『明日律君に告ろうと思ってるんだ。雄大、律君と仲良いし応援してね!』

 中原志保。ファッション雑誌の読者モデルをしていて、他校にもファンクラブがある地元ではちょっとした有名人だ。
律は女子から可愛がられるが、モテるタイプではない。
まさか中原が、よりにもよって律を好きになるとは思ってもいなかった。

 中原みたいな奴に告られて、断る男は滅多にいないだろう。
律も、中原のことを憎からず思ってるみたいだし、例外ではない。
だから、何としても阻止しなくてはならないのだった。

「えーと…ほ、ほら!律、この前ホラーのDVD観てから怖くて眠れないって言ってたじゃん?だから眠れないの治してあげようと思って…」
「完全に大きなお世話だよ。第一、雄大が来るまでぐっすり寝てたっつーの」
「あははー…」

 我ながら苦しい言い訳だ。

「それに、どうやって治すつもりだよ?」
「それは…」

 俺はポケットから水晶玉のついたネックレスを出し、律の目の前にかざした。

「何これ…まさか催眠術?」
「そう。そのまさか」
「雄大催眠術出来るなんて初耳だけど?」
「まぁ、ね…」

 当然だ。催眠術なんて出来る奴そうそういないだろう。
俺だって、昨日初めてやってみたのだ。

「ほら、キレイだろ?…よく見てごらん。…そう、目を離さないで。ゆっくり深呼吸しながら…そう」

 お?マジで!?水晶を見つめる律の瞳がトロンとしてきた。

「今から3つ数えて指を鳴らします。するとあなたは、身体に力が入らなくなります。…3、2、1…パチンッ」

 指を鳴らすと、まるで糸が切れた操り人形のようにベッドに倒れてしまった。
 
 
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