恋に落ちた海賊王のお話し【短編】
□泡沫の姫
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夕食時。
私は隣の空いている席を見ながら、熱を出して部屋で寝ているナギの事を考えていた。
まだ寝てるかな。
ご飯食べ終わったら、おかゆ持って行ってあげよう。
そういえば病人に塩は良くないってナギ、言ってたなぁ。
ショウガを入れれば香りもいいし、体も温まるよね。
昼に作ったのよりも、もっとおいしいのを作ってナギに喜んでもらいたいな。
そんな時だった。
私の今後の運命を大きく左右する、船長の言葉を聞いたのは。
「次の行き先が決まった」
いつになく船長はご機嫌だった。
「次はどこっすか?」
待ち切れないハヤテさんが船長を促す。
ここまではいつもの良くある光景だった。
船長は笑顔で私の顔を見て言った。
「次はヤマトだ。あと3日もあれば着くだろう」
「わぁ!しおりさん、ヤマトですって」
トワくんがとびきりの笑顔で私を振り返る。
「やったじゃねーかしおり!これで家族に会えるじゃん」
ハヤテさんはわざわざ私の所まで来て、背中をバシバシ叩きながら言う。
次は、ヤマト…
「どうしたのしおりちゃん?ぼんやりして。あんなに家族に会えるの楽しみにしてたのに」
ソウシさんが少し怪訝な顔で私の顔を覗き込む。
「あ…いえ。か、家族に会いたいです…」
でも、それって…
「良かったな。また家族と一緒に暮らせるぞ。これからはハヤテに食い物取られる心配も、俺にいじめられることもなくなるな」
いつになくシンさんが優しく言った。
やっぱりそれって私がこの船を降りるってことなの?
「え〜しおりさん帰っちゃうんですか?そんなぁー。さみしいです…」
トワくん…
「そりゃあ、そうだろ。しおりは好きでこの船に乗って海賊になったわけじゃないんだからな。
しおりは女なんだし、ヤマトでは待っている家族がいる。俺達とは違う。
家族とまっとうに暮らした方が良いんだ」
船長…
やっぱり私はこの船を降りなきゃいけないんだ。
たしかに私には戦闘力もなく、みんなの足手まといになる事も多い。
だけど、一緒に旅を続けてきてお互いの事を分かりあえてきた私を仲間と認めて、一緒に航海を続ける事を許してくれたんだと思ってた。
やっぱり私はここの、シリウス海賊団の仲間になれないって事なんだ。
「ナギにも伝えておいてくれ」
そう言ってシンさんは、ぽんっと私の肩をたたいた。
ナギに…
不思議な事にヤマトでこの船を降りなきゃいけないと思った時に、家族の顔よりもナギの顔が頭に浮かんだ。
ナギはどう思うんだろう。
私がこの船を降りて、家族の元に帰るって言ったら。
胸の奥が締め付けられるような痛みを感じた。
私は最近やっとナギに対するこの想いが、恋だという事を知った。
鈍い私はソウシさんに言われるまで、気付かなかったんだけど。
私は今までこんなふうに1人の男の人を想った事はない。
大切で、愛しい存在。
家族に対するものとはまた別の、深く途切れる事のない愛情。
ナギが私の事をどう思っているのかなんてわからない。
だけど、私のナギに対する気持ちは深まっていくばかり。
私はナギと離れなければいけないのかと思うと、悲しくて胸がはりさけそうだった。