* 彼女がいた季節 *

□side 彼
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ジーッ、ジーッ、ジーッ、ジーッ、ジーッ、ジーッ、ジーッ、ジーッ―――…











「‥‥‥‥あづい」



今年の夏は異常だ…


―――異常に暑いっ!!






“大学進学”というもっともらしい名目で田舎を離れ、東京で一人暮らしを始めて早三年―




共同トイレ・風呂なし・四畳半一間のおんぼろアパート二階奥の角部屋に住み暮らす、アパート同様 “くたびれきった”俺。

勿論この部屋に クーラー 等という上等な物は付いている筈もなく…



一昨年最安値で買った扇風機は今年の夏にはまるで通用していない。
開け放った窓のすぐそばの木にとまっているセミの“耳をつんざくような鳴き声”が、
暑さを余計に増長させていた―












( いつまでいるつもりだ? )


悪態の一つも吐いてやりたい気持ちだったが口を開くのも億劫で、俺はせめてもと“そいつ”から目を逸らした…






( ――ん? )



視線の先


だらしなく腰掛けた窓枠から見下ろした斜め先の道の真ん中で、 “見覚えのある顔の少女”がこっちを見上げて小さく微笑んでいた。





『こんにちわ』


彼女の唇がそう動いたような気がして、俺も思わず


「こ、こんにちわ」








――ってぇっ!


( よ、よかったのか?答えちま
 ったけど。
 ホントに俺かっ?
 誰か別の… )


慌てて辺りを見回すが、それらしい存在は見当たらない。


そんな俺を見て
彼女は相変わらず小さく、遠慮がちにでも楽しそうに微笑んでいた










彼女の事は



―――ずっと前から知っていた







大学に入ってしばらくした頃、
前の席に座った男二人が少し離れた席に座っていた彼女を「かわいい」と騒いでいた。


確かに彼女は可愛かった。
でも、見かける度なんとなく気になって目で追っているうちに、

“違う感情”が湧いていった。






彼女はいつも一人で、周りの雰囲気にも馴染めないようだった








―俺と、同じように……













一番上の兄貴が家業を継ぎ、直ぐ上の兄貴は地元で就職。一人田舎を離れ都会に出る事に俺は浮き足立っていた。
田舎では多くない出会いも、東京に出れば『 下手な鉄砲数撃ちゃ当たる 』でいくらでもあるだろうなんて、ゴムまで買ったりしたのだが、未だ未使用のままだ( かなり情けないが… )


こっちへ来て、俺は“訛りの壁”にぶち当たった。
それでも初めの頃は早く東京に、周りに馴染もうとそれなりに頑張った。だが壁は予想以上に厚く、俺はかなり早い段階で人と関わる事を諦めてしまった。
それに、こっちに来て俺は自分が思っていた以上に“根っからの田舎者”だという事に気付かされた。
三年経って訛りの問題がなくなった今でさえ、この東京にも、東京で関わる人間にも、女にも、ちっとも馴染めていないし、慣れてすらいなかった。常に浅い呼吸を繰り返しているみたいで息苦しくて落ち着かないし、

“此処は自分の居場所じゃない”

と、いつもそう感じていた。







だから―



いつも一人でいる彼女が自分と重なって見えて、
ずっと勝手な“仲間意識”で

彼女を心配していたんだ‥‥
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