テニスその他

□幸せの在り方
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「シウ…?」


「……ピーター。起きてたのか」


ピーターが自室に戻ろうと城の廊下を歩いていたら、テニスボールの音が聞こえてきたので、こんな遅くに誰かが練習しているのかと思い室内コートに足を踏み入れた。
するとシウが1人で練習をしているのが目に入った。
ピーターが来たことに気が付くと、シウは壁から跳ね返ってきたボールを綺麗に手でキャッチしてピーターの方へ振り返った。


「…何か、久しぶりだね。こうやってシウと話すの」

「……そうだな。俺が居たらキースは来ねぇからな」


こうしてシウと面と向かって話すのは数日ぶりだった。シウが、自分がここに居る事に疑問を持ち始めて、それにキースが気づいてからは一気に2人の間に溝が出来始めて。
それから、シウとキースが話す事はおろか、顔を会わせる事すらなかった。
キースは自分を裏切る者をとことんまで憎む質で、それはピーターにも刷り込まれていた。
最近は、シウの所には行くな。とキースにずっと止められていたのだった。


「シウ、嘘だよね?キースを裏切ったりなんかしないよね?」


キースにどれだけシウへの憎しみを告げられても、ピーターにシウを憎むつもりなんて、更々なかった。
まさかシウが、キースを裏切る事なんてありえない。それはピーターにとっては絶対的な物で、天と地がある事くらい当たり前だと信じていた。


「キースを裏切るつもりはねぇ。でも、もうキースのやり方には付いて行けないんだ」


「何で…そんな事言うの…キースには、シウが居なくちゃダメなんだよ!シウが居なくなっちゃうなんて、僕そんなの絶対やだ!」


シウの決意が本気なのだと言うのは、物静かながらも力強い口調とまっすぐな瞳ですぐにピーターにも伝わった。
シウがキースを否定するなんて、足がふらついてしまいそうな程ショックだった。

キースの感じた痛みが、今ピーターの心にもじわじわと蔓延していく。
言葉になんか出来ないくらい、苦しくて寂しくて悲しくて。

壊れていく、崩れていく、少しずつ。



「このままじゃ駄目なんだよ…ピーター。キースも、お前も幸せになんかなれないんだ」

「何がダメなの…?シウがいて、キースがいて、僕は今のままで十分幸せだよ」


シウがピーターの肩に手を乗せて、目線を合わせた姿は、まるで子供に何かを諭すようだった。

間違って進んでしまった道は、戻って進み直さなくてはならない。
間違ってると知ったまま進んだ先には、最も辛い終着点しかないだろうから。

それをピーターにも分かって欲しかった。
けれどそんなシウの思いはピーターには届かない。シウが一体何をそんなに焦っているのか、ピーターには分からなくて、その瞳からは純粋な疑問だけが向けられる。


「違う。俺たちだけが幸せじゃ駄目なんだ。他の奴らを散々傷つけて、そんな犠牲の上に成り立ってる幸せなんて、本当の幸せじゃない…!」

「知らないね。他の奴らがどうなったって僕には関係ない。僕も、シウも、キースも、あんな弱い奴らのせいでこうなったんだ。あいつ等がいかに無力か、思い知らせてやればいいんだよ!」

「ピーター!!」


シウの叫ぶ声が、大理石の壁に反射して、部屋中に響いた。そして同時に、ピーターの頬に鈍い痛みが染み渡る。シウの掌が、ピーターの頬を叩いたからだった。
シウの思いは、もはや言葉で言っても伝わらない。キースにも、ピーターにも。
きっと自分達の望む言葉しか、2人は受け入れてくれないのだろう。そう思ったら、自然と手が出てしまっていた。


「…シ…ウ……?」

「そんな事二度と言うな。自分だけが良ければいいなんて、絶対に言っちゃ駄目だ」


ピーターの頬が痛みで熱を持っていた。手で押さえてみたら、掌に急激にそれが伝わっていく。
頬を叩かれた物理的な痛みと、シウに叩かれて怒られた事実、そのどちらもが、ピーターの涙腺を破壊していく。
驚いて見開かれた大きな瞳には涙が徐々に溜まっていった。




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