頂きもの★

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 夏が終わった。
 赤也にとっては二年の夏、先輩たちにとっては中学最後の夏である。


 結果は見ての通りだったのだが、引退後の幸村は以前のような重々しい雰囲気は消え、何かしがらみを失ったかのように清々しかった。
 赤也はレギュラー部員の中でもなかなか気持ちに整理をつけることが出来なかったが、すぐに考え込む暇も無く来年の荷を背負う立場へとなった。
 いつまでも過去を引きずっていられない、と自分へ言い聞かせなければと思っている所へ、幸村がやってきた。



「…あ、部長」
 ぺこりと控え気味に頭を下げると、幸村は軽快に笑った。
「やだなあ、もう部長はお前だよ赤也」
「でも幸村センパイ、って呼ばれたくないって言ったの部長じゃないっスか」
 目線を反らして、わざとらしく「そうだったかな」と幸村は呟いた。部長の座を渡されたときに、先輩呼びは他人行儀だから嫌だと言われたのだった。
「それで部長、何の用っすか?あの、駄目だし……っすかね?」
 身構えておずおずと尋ねると、ああそんなんじゃないよと幸村は手をひらひらと振った。そしてじり、と赤也に一歩近づき、満面の笑みを浮かべた。
「ねぇ、赤也覚えてる?退院したらなんでもする、って言ったこと」
「へ?」
 思わぬ幸村の言葉に、赤也は思わず間の抜けた声で聞き返した。ぱちぱちと目を瞬かせていると、幸村はふうと息をついて説明を始めた。
「あーやっぱり忘れてるよ。言ったじゃん、俺が入院したときにさ。お前、部長がいなくても〜って屋上で言ったこと気にしてて、俺が退院したら何でもしますよって」
 あああ、と赤也は納得したが、それはそのとき幸村の様子があまりにも痛々しかったのと、軽率な言葉で傷つけてしまった罪の意識に苛まれたため、咄嗟に出てしまった言葉だった。
(この人の記憶力、半端ねぇな……)
 去年の冬のことだ。まさか覚えている筈はないと思っていたが。
 部長というものは、このように記憶力も必要なのだろうかとぼんやり赤也は考えた。ただ、この人の場合は、こういうことにだけ敏感なのかもしれないが。
「……思い出したっすけど」
 苦い表情を浮かべ、渋々と赤也は幸村を見上げた。良い予感はしない。だいたい、このようにこの人が機嫌が良いときは大抵良からぬことを考えているときだからだ。
 ぱあ、と幸村の表情がさらに明るくなる。
「じゃあさ、赤也!おまえの家に行きたいんだ」
「は」
「いいだろ?今日でいい?今日は練習も夕方前には終わるだろ?」
 勝手に取り決める幸村に、思考が戻ってきた赤也が慌てて抗議の声をあげた。
「え、ちょ、待ってくださいよ!今日、親いるんスけど」
「いいよ。赤也の家族、会ってみたいし。…なんで?」
 首を傾げて、不思議そうに赤也を見つめる幸村を、赤也はわけがわからないと言った目で見つめ返した。
 すると意図が伝わったのか、プッと幸村は噴出して笑った。
「あっ、そうか。親がいちゃ出来ないことをしたかったんだね赤也は。正直に言ってくれればいーのに」
 にやりと意地の悪い笑みを浮かべられ、赤也はまた慌てて訂正した。
「ち、ちが、違うッスよってか、アンタがそんなことしかしないからっ…」
「じゃ、よろしくね!」
 それだけ言い残し、呼び止める間もなく幸村は颯爽とコートから走り去った。
 残された赤也は、妙な不安を拭いきれないまま自分達の練習へと戻った。


 
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