少年陰陽師2

□第五十一部
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「自分が何をしたかわかっているな?」

 声を発することなく黙然と頷いたその様子から
頭の中がさぞ混乱しているだろうことが見て取れる
大方、誰にも見られていないと思ってやったのだろうが
此処は人が集いに集う大内裏の一角
誰かに視られないわけが無いのだ

「偶然あの場に居合わせたのが私だったからよかったものの」

 そもそも公の場で衣を過ぎ捨てるなど云々
仕事をやりかけのまま放り出すなど云々
大体そんな軽率な行動は云々
挙句の果てに全ての始末を式に任せるなど云々かんぬん

至極ごもっともなお叱りを受ける晴霞の身は縮む一方である
言い訳をしようにもその気はすっかり削がれてしまっているし
元々理由自体がおいそれと口にできるような内容ではない

「まぁ、君にも事情があったようだし」

 すっかり小さくなってしまった後輩を眺めて
敏次はふと語調を緩める
脳裏に映し出されるのはあの時目にした晴霞のただならぬ様子だ
そんな顔ができたのかと思ってしまうほどに険しかった表情は
事態が深刻であったことを何よりも雄弁に語っていた
正直、再びと見たくは無い表情であった

「譲刃殿」

 項垂れる晴霞に式紙を返して
深く落ち込んでいる肩に手を置く
それに微かな反応を示して何かを堪えるような顔をした晴霞に
敏次は真剣な様子で声を出すための息を吸う

「あの時の用は済ませてきたか」

 いくら場をわきまえない行動だったとはいえ
そこには晴霞なりの理由が存在することを敏次は解っている

「・・・はい、全て、片付けてまいりました」

 問いかけに反応して広がった驚きは
晴霞が応えたときには既になりを潜めていた
真面目で真っ直ぐな印象を受ける眼差しは敏次の知っている桜宮譲刃のものだ
今日までの時間の中で敏次が接してきた譲刃の姿だ
あの、知らない姿ではない

「そうか、ならいいだろう」

 ただし二度目は無いぞと
肩に置いた手を元気付けるように軽く上下させた敏次が
背筋をまっすぐに伸ばしている晴霞の横を通り抜けていく
落ち着いた席に積まれた仕事の量は昨日より少なく見えた


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