少年陰陽師2

□第五十一部
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「敏次殿、おはようございます」

 明朝、まだ人もまばらな大内裏の中
誰もいないそこに一人ぽつんと座って仕事を始めている者がいる
敏次が起こす微かな物音を耳にしたのだろう
紙面から上げられた顔には
知人への親しみを籠めた柔らかさがある
七日ぶりに見たその姿は
敏次が桜宮譲刃と記憶する人物と寸分の違いも無い

「おはよう譲刃殿」

 挨拶を返す敏次の肩から心なしか力が抜ける
変わりなさそうだと安堵した次の拍子には
敏次の表情は厳しく引き締められていた
七日前に一つだけ回収したあるものを懐から引き抜き
静かに晴霞の元へと歩み寄っていく

その動きを何の気なく目で追っていた晴霞は
懐より抜き出されたそれに妙な既視感を覚え
敏次が目前で歩みを止めた時にはまさかと眼を瞠っていた

「思い当たる節はあるようだな」

 右手の人差し指と親指に挟まれているそれは確かに晴霞のものである
いや、正しくは、晴霞が使ったものである
人型としての切り方の癖も、記されている文字も
見覚えを通り越してもはや憶えしかない程だ

敏次が現在手にしているそれは
間違いなく七日前のあの日
晴霞が脱ぎ捨てた衣服と途中で放り出した仕事を片付けさせるために放った
何枚かの式紙の内の一枚であった
全くもって予想外の展開に言葉を失う晴霞の素直な反応に
一つ端息した敏次がしかと晴霞の眼を見て言う

「何故それを私が、と顔に書いてあるぞ」

 ぎくりと強張った晴霞の身に
図星かと敏次の目が据わる
反応に詰まる晴霞の眼が泳いだのを見逃す敏次ではない


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