少年陰陽師2

□第四十四部
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 静かに、黒狐は嗤っていた
人間が発動させるものに紛れて深手を負わせようという目論見は
思わぬ形で外れることとなったが
結果だけを見れば上々であろう
今回こんなところまで来た一番の目的を
黒狐はその手に捉えていたのだから

「・・・手が届くところになんているからだ」

 声は細くけぶれて透明さを欠いていた
体のあちこちにある異物感が気持ち悪い
どうやら痛覚を通り越して麻痺しているらしい
おかげで、たった今発した声でさえ聞こえたものであるかどうかがわからない
だが、今はもうそんなことはどうでもよかった

それよりも気になるのがこの不思議な感覚である
何だか体中から全てが脱け出していくようだ
兎に角と、伸ばした腕を戻そうと体に命令を下したところで
ふとちからがこもらないことに気付いた
何かがおかしいという感覚が生じた黒狐の目が
信じたくない事象を認識した

宿木が奪う強さを増していたのだ
いや、宿木だけではない
穿たれた牙ですら黒狐の力を貪り喰らっているではないか
まさかと目を瞠る間も無く
黒狐の膝から力が消える
もう立つ力も残っていないらしい
脳裏を掠める文字が意味するところは
一重に終焉の顕現

「―――――!」

 叫び声が口を吐いて出た
本能からくるそれは到底言葉の形を成さない
ただ、叫びという形を持って
口腔から果て無き世界へと放たれるばかりだ

「煩いな」

 だがその叫びでさえ一つの存在によって否定された
伸ばした腕が白金の焔によって染まりあがる
それは瞬く間に黒狐の色彩を舐め上げ
異なる色彩で埋め尽くしていく

「――!――!―――!」

 ぼろぼろ、ぼろぼろ
白金の眼光に炙られた肉が至る所から崩れて灰となり塵となり
水にあらざる水に触れる寸前で解けて消えていく中
微かに残った理性が激しい後悔を呼び起こした
それはあまりにもありきたりで、またたいへん侮辱的であった

しかし、微かに残った理性が働くことすら白金は許さなかった
するりと、冷ややかさばかりが満たされた焔が黒狐の煤けた頬を撫ぜる
次の刹那には行き場を失くした黒紫の焔が散っていく様だけが
吹っ切れたように揺れる白金に映って
やがて消えていった


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