少年陰陽師2

□第四十部
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「約束ね」

「うん、約束」

 色違いの同じが小指を伸ばす
白練と濃紺の袖から覗く小さな手が繋がって
二色は本当に嬉しそうに顔を綻ばせる

「時間がかかってしまうけど、必ず果たすから」

「大丈夫、わかってるよ」

「ありがとう。だから、それまで」

 待ってて
落とされた音が景色に亀裂を走らせる
笑顔のまま動作を失った顔が砕け
不純物を許さない闇の中に欠片が散っていく

「譲刃。桜宮、譲刃と」

 散った欠片が再び集結し
また違った景色を映し出す
見下ろしたその場に座すのは
濃紺の衣を纏う小柄な人影と
相対する位置に腰を下ろし
表情に険しさを滲ませる壮年の男性

「叔父上、私に邸を継がせてください」

 上げられた面はまだあどけなく
伸ばされた背筋は頼りない
だが、その漆黒の双眸に宿した光だけは
目したこちらが射すくめられてしまうほどの何かがある
その様は、まるで一人だけ時を置いて行ってしまったような
何とも言えない危うさを漂わせている

「どうか、お聞き届け願いたく」

 下げられた頭に沈黙が降る
永遠に続くかと思われる無言の間に耐えるその人は
許しを貰えるまで微動だにしないつもりであったから
落とされた溜息に驚いて肩を揺らしてしまった
次いで上げられた瞳には溢れんばかりの驚愕が溢れている
声を発しようにも喉で絡まって言葉にならないのだろう
幾度か口を開閉した後ふと目を伏せた人は
何も言えぬまま深々と頭を垂れたのであった

世界が唐突に明かりを失い完全な暗闇が降る
一瞬焦った視界の端にぼんやりとした光が灯り
なんだろうと首を巡らせたところ
自分がいつの間にか板間に立っていて
視線を落とした先に燐光を発する紋様が描かれていることに気付く
どこか見覚えのあるそれをもう少し間近で見ようと歩を進め
大きく描かれた文様を挟んだ対岸にいる人物と
その中央に横たわるものを認識し
まさかと目を瞠ったところで
対岸にいた人物が結んでいた印を解き
紡いでいた何事かを途切らせた

「・・・もう少し」

 そう小さくひとりごちた人物が伸ばした指先が文様に触れると
ぼんやりと灯っていた燐光が強さを増した
この場に文様の発する以外の光はない
だから自分にはその人物がどんな顔をしているのかがよく見えないが
仄かに照らされた口元はきゅっと引き結ばれていて
どうしてだろう、自分はそれを泣きそうだと思ったのだ

「もう少しで、叶えられる」

 人物が霊力を流し込んだのだろう
薄い光が更なる輝きを得
四方を壁に囲われた部屋の中に緩やかなる気流を連れてくる
完全には見えなかった容姿が強くなった光に照らし出された
堪えるように歪められていた瞼が降りるに合わせて
術の気に溢れた部屋が薄らいでいく
遠ざかる色彩に思わず手を伸ばしかけた自分など意にも介さず
世界はまた新たな光景を描き出す

一度完全に消え失せ
そして徐々に鮮明さを増してきた世界に一人佇んでいた自分は
音もなく真横を通り過ぎた黒い影が変化した姿に己が目を疑う
勢いよく身を翻した拍子に袂が風をはらんでばたつく
一転した風景の中にある二つの人影が交わすやりとりに背筋が凍った

小さな荷台を引く濃紺の人影に対し
大柄の武器を振り上げる見知った姿を盗った者が
必然的に次に取るであろう行動を止めるべく駆け出した足音より早く
既に過ぎ去りし刻を映す水ではない水は
黄昏を照り返す鈍色に躊躇いもなく獲物を映した


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