少年陰陽師

□第三十八部
4ページ/4ページ



 既に麻痺した感覚など意にも介さず
その魂に直に打ち込むこと叶わなかった思いの全てを
血にまみれた黒狐の尾に根本まで深々と突き立てる
数拍の間を空けた次の瞬間
塗り込んだ毒が唸りを上げ
完全に油断していた黒狐の身に急速な変化を与えていく
間抜けだと笑えてしまうほどに瞠目した黒狐が呪いを振り払おうともがき
うねった尾によって碌に動きやしない身は固い地面に強かに叩き付けられ
跳ね返った箇所に血を撒き散らしながら
幸運にも解放された金燐の傍に転がった

鮮やかだった布は目を背けたくなるほどに染まり上がり
五感の全てに霞が掛かったような曖昧な状態でも
譲刃は腹に空いた大きな風穴を無理矢理塞いで
地面に横たわる金燐の元へ体を引き摺ると
血と土にまみれた指を細かく震わせながら
その体を精一杯抱き寄せる

「貴様・・・!」

 大事な温もりが腕の中から離れていく
気管を強く圧迫される感覚と
空気の供給が遮られた事による息苦しさが
生命としての警鐘を掻き鳴らす
首を絞められているのか、と遅いながらも理解した時には
爪先から滴った雫が土壌に吸い込まれていった

「二度と余計な真似ができないようにしてやる」

 沸き上がる感情が全面に押し出された声音に
辛うじて見える世界を薄目で覗けば
双眼を炯々とした光に満たした黒狐が
その鋭利な矛先を譲刃に向けているところであった
その身には心なしか呪詛が効果を現しているようにも思われる
それは本当に心なしか、だったけど

(もっと効いてくれないかな)

 傷という傷は全て塞いだ
だが出血が多く疲労が薄まったわけでもない
そんな状態で呪詛に更なる効果を与えたとして
満足のいくものが得られることはないだろう
それでも譲刃は指先に力を込める

「くたばれ、人間」

 黒狐が言葉を吐き捨てるのに合わせて
ひどく汚れた右手が剣を象った


前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ