少年陰陽師

□第三十一部
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生温かいとも冷たいとも取れない感覚が晴霞に絡みつく
逃げなければという考えが浮かんだ時にはもう遅かった
足が竦んで動きづらくなっており
尚も動かそうと藻掻けば絡みつく感覚が強くなった

恐怖で席巻されていく頭のまま視線を下へ下へとずらせば
見たこともない紫の炎が
身体の動きを奪うように沢山纏わりついていて
あまりにも似ている形状に
黒目がちの双眸が凍り付く

紫の狐火に憶えはない
晴霞が知っているのは金色だ
この夢殿に唯一灯りとして灯る眩い金色
紫なんて、知らない

“ミツケタ”

 本格的に動くこと叶わない晴霞の背後に気配が立つ
人の持つそれに形状こそ似ているものの
温もりなんて欠片も宿っていない
そんな手が滑るように腕と脇腹の間に差し込まれ
後ろから震える背中にぴったりと密着してくる

かちかちと噛み合わない奥歯が小刻みに鳴り
振動が伝染するがの如く手先まで震え始めた
紫の狐火がぐっと強さを増す
腹に回っていた手がのろりと動き肩まで移動する
襟を少しばかりずらしたと思ったら
鋭く硬化な物を突き立ててきた

ぷつりと走る痛みに引きつった声で叫びそうになるのを
下唇を噛むことでなんとか堪え
誰かを呼びたい自分を自分の中で何度も何度も殺す
絶対に誰かを呼んではいけない
怖いなら早く目覚めればいい
眼を覚まして、悪夢を祓う言葉を紡げ
さすればこのような夢は二度と視ることはない
紫の狐火と相対するとこなんて訪れない
気配は首筋に伝う赤い筋を楽しんでいる
これ以上何かが起こらない内に夢を終わらせられたら
晴霞は現に帰ることができる
大事な金色にこの気配が気付くこともなくなる

“・・・・・ホシイ”

 気配が唐突に首筋を掴んだ
力のある指が皮膚に深く食い込んで重要な気道を圧迫する
骨が折れるかと思うほど強く締め付けられて苦しい
呻き声すら漏れないほど力が込められている
振り払おうと足掻く術も暇もなく
ここにある全てが徐々に徐々に奪われていく

最後に近付く連れて朧気な視界には恐怖のみが滲んでいく
滅多に現れないくらい大きな感情がひょっこりと顔を出して
今晴霞の全てを奪おうと牙を剥く
気配の姿を眼に捉えることができない
背後より迫り来たそれはこちらが何もできないのをいいことに
魂を壊して何かを欲しがっている

「―――!」

 意識が完全にぶっ飛んでしまう前に
暗い空間に染められていた世界を
白金が隙間無く塗りつぶす
首の圧迫感と紫の狐火が消え
温かな白金と顔を合わせるまであと少しのところで
前触れもなく足下に口を開いた空間に呑まれた


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