少年陰陽師

□第二十二部
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「ねぇ、もっくん」

 夏にさしかかったといえど夜はまだ肌寒い
下弦の月が浮かぶ星空の下で
昌浩はおもむろに物の怪を呼ぶ
流れくる夜風に耳をそよがせていた物の怪は
昌浩の声に何だと返事をして
間近にあるその顔を見降ろし
尾を一度ぱたりと振った

「また一人で逃げたな!」

 がおうと牙を剥いて吠えた昌浩から
物の怪は何も言わず顔を背け
今日は月が綺麗だなぁとぼやく
物の怪は現在昌浩の顔の目と鼻の先でお座りしている
吠える昌浩の背中では
毎度の如く雑鬼達がやんややんやと騒ぎ立てている最中で
毎日のように行われる雑鬼達の悪戯という名の嫌がらせに遭遇したというのは
誰の目から見ても明らかだろう

「だから言ってるだろ、俺だって我が身が可愛いと」

 さもありなんと言い放った物の怪に昌浩の機嫌が降下する
毎日毎日雑鬼に潰される昌浩と
毎日毎日昌浩を潰す雑鬼と
毎日毎日一人で逃げる物の怪がいる風景は
最早日常の一つとなっているにしろ
面白いものがあることもまた事実

「なぁ孫、今日はあっちの孫と一緒じゃないのか?」

 まだ背中ではしゃいでいる雑鬼の発した言葉に昌浩の首が傾く
別に最近一緒に行動していなかったことを伝えれば
今度は背中の雑鬼達の数匹が首を傾げ
残る数匹が首を横に振る

「あっちの孫は最近ずっと孫の近くにいたぞ」

 何気なく与えられた情報に昌浩は耳を疑った
晴霞が自分の近くにいた?
まさか、彼女は祖父に言われて邸にいた
外に出ているはずがない
本当かと問いかける昌浩の顔の前に雑鬼が降りてきて
昌浩は少し息が楽になった

「おう、ずっと孫のこと窺ってたな」

「壁とかに隠れて考え事してたな」

「昼間には俺達に化け物のこと聞いてきてたな」

「それ退治しに行ってた時もあったな」

 また話し始めた雑鬼達の口からは
昌浩の知らなかったことが次々出てくる
あまりに声が重なっているので少ししか聞き取れなかったが
物の怪と六合は全て聞こえているだろう
勿論聞こえている二人は
ここ六日間立て続けに現れた異形達はやはりそういうことだったのかと
勝手に納得しているが

「・・・もしかして、気付いてなかったのか?」

 言葉を忘れているらしい昌浩に
一匹の雑鬼が尋ねてみると
うるせーやいと一言返した後
何故か顔を伏せてしまった

「六合」

 動かぬ昌浩の頭を励ますようにぽすぽすと叩くと
物の怪が穏行している六合を見上げる
返事をせずに問うような視線を送ってくる六合と視線を合わせ
物の怪は何処かに視線を送ると
お座りの状態から立ち上がり

「ちょっと行ってくる」

 そういって音もなく跳躍していってしまった
物の怪が消えた場所から昌浩へと視線を戻し
動いたかと思えば昌浩の狩衣の襟をむんずと掴み
軽々と腕一本で持ち上げる
どうやらこの孫
自分一人が気付いていなかったことに対して
相当落ち込んでいるらしいのだ

(今日で最終日だが、遅いな)

 衣にくっついてきゃーきゃー言っている雑鬼を軽く払い落として
六合は気配のする闇へと視線を投げた


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