少年陰陽師

□第十六部
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掘り起こされた曖昧な記憶を浮かべ
顎と唇に当てていた指を少し離し
下に向けていた視線を妖車へと戻してみれば
がたりという音がしてあからさまに怯えられた

大粒の涙が光る鬼の顔をまじまじと観察し
小窓からこちらを窺っている雑鬼にちらりと視線を向けて
幾度か瞬きを繰り返した後
再び鬼の顔に視線を戻して晴霞は眉を顰めながらも口を開けば

「・・・・・車之輔、殿?」

 怯えていた様子が一転して
零れ落ちる寸前の涙が引っ込み
こちらが反射で一歩引いてしまうほどに牛車を揺らし始めた
びっくりして鬼の顔を凝視すれば
そこに今までの怯えの影は見受けられず
心から嬉しそうな感じが視て取れる

(良かった、合ってた)

 内心でほっとして、でも外側は一切そんな素振りを見せず
車之輔と眼線が合うように膝を折ると
自分の前にいる妖車はきょとんとした風にこちらを見返してきた
きっと優しいだろう式の顔の前に膝を着き
晴霞は一度浅くではあるが敬意を込めて頭を垂れる

「初めまして、私は暫し間安倍邸にお邪魔させていただいております桜宮譲刃と申します。本日は貴方様が発した音を聞いてここへ降りて参りました、驚かせてしまったご無礼を申し訳なく思っております」

 流麗な動作でふわりと膝を着き
自分に向かって丁寧に話始めた晴霞に暫くぽかんとしていた車之輔だったが
流れるような言葉の意味を理解すると
途端に面白いくらい慌て始めた
晴霞は自分の行いを無礼だと言うが
車之輔はそんなことを微塵も思っていない

どうか頭を上げてほしいと伝えたいけれども
車之輔の言葉は晴霞に届いているかは定かでないし
しかし紡がれている言葉を遮るのも気が引ける
困惑している状態で考え事をしても全くいい案が思い付かない
迷いに迷いまくった車之輔は
とりあえず声をかけてみることにする
上手く聞こえてくれれば言葉を止めてくれると信じて


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