少年陰陽師

□第十五部
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「「ただいまー」」

「ただいま帰りました」

「お帰りなさい」

 安倍の邸に帰ってすぐに玄関から中に向かって呼びかけると
待ってましたとでも言う風に彰子が出迎えてくれた
昌浩に持ってもらっていた荷物を引き取って
三人と別れた晴霞は荷物を言われた場所に置きに行く
最後に野菜を厨に置いて
やっとあてがわれた部屋に戻ろうとした足をぴたりと止める

「部屋、誰も入ってこないでね」

 誰に向けるわけでもなくそう呟けば
背後の空気が僅かに変化したのが伝わってくる
多分こうなるだろう事を予測していた晴霞は
その変化した空気を尻目に部屋へと入った

閉じた戸の前に少しの間立ち続けた後
背中を預けてずるずると座り込む中途半端に伸びた膝をそのままに
呆っとした様子で焦点の合っていない瞳で眺めるのは
夕暮れの光に染まり始めた妻戸の向こう

(あの、時、)

 思い出しているのは先の出来事
異形と遭遇してからの
一連の物事の流れ

(なんで、助けてだなんて、思ったんだろう)

 あの時、そう、異形に空へと弾かれた時
一面の青空が視界を埋め尽くした瞬間
心が無意識に叫んでいた
“助けて”と
言葉にこそ出なかったが
確かにそう叫んでいたのだ

(助けてなんて、思っちゃいけないのに!)

 実は騰蛇と六合の他にも神将がいることはわかっていた
そして、その神将が自分の見張り役で
晴明とすぐに連絡が取れる者ということも
神将が自分を助けることは絶対に無いと知っていても
晴霞は助けを求め
結果、昌浩と騰蛇に助けられた

ぷつりという細かな音がして
手に何か小さな痛みが走った
その痛みをきっかけとして
我慢していた傷の痛みがより強くなる
伸ばしていた膝を立てて
両手で抱え込むと並んだ膝頭に顔を埋める

(弱い、私は、弱い、・・・だから)

 細められた瞳に宿る、悔しさの彩
何も出来なかった自分へ
何度も何度も繰り返した叱責

(私は、強くならなきゃいけない)

 いつからだろうか
こうして己を脆弱としてきたのは
こうして、涙を痛みにすり替えてきたのは

(強く、誰よりも、何よりも、強く)

 助けを求めるのではなく
助けに行けるようになりたい
強くない自分を誰が必要としてくれるだろう
何も出来ない自分を誰が必要としてくれるだろう
ただの役立たずに、どうして生きる意味が在るのだろう

「強く、なるんだ・・・・・!」

 完全に日が沈んで藍色へと移った世界に
たった一人きりの部屋で
晴霞は静かに飲まれていった


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