少年陰陽師

□第十五部
5ページ/6ページ



「六合、譲刃をお願い」

 音もなく顕現した六合に晴霞を預けて
昌浩は異形と対峙している騰蛇の方へ走っていった
炎蛇に絡められた異形の言葉として捉えられない悲鳴が木霊する
耳を塞ぎたくなるような異形の悲鳴に
それをを打ち負かすように重なるのは
凛と響く昌浩の呪を紡ぐ声

「・・・・・十二神将六合」

 横抱きにしている晴霞に呼ばれて
六合は前髪に隠された晴霞の顔を見降ろした
少女の感情を最も雄弁に語る瞳が見えない
わかる範囲での声の響きはいつもと同じだった
いつもの、この少女特有の明るい声音

「私はもう大丈夫だから、降ろしてもらってもいいかな」

 顔にかかっていた髪を手でどけて
晴霞はふわりと笑う
それは本当に自然な笑みで
元より他人に対して余計な詮索する気もない六合は
身体に障らないようそっと晴霞を地に降した

ありがとうと六合に伝えて
晴霞は遠くに落ちている鈴へと歩み寄った
手の中に戻ってきた鈴をぎゅっと握りしめて
誰にも悟られないようそっと息をつく
次いで、鈴が手から遠く離れた瞬間が脳裏を掠めて
言いしれぬ悪寒が全身を駆け巡った
大事な物が掌からこぼれ落ちる感触は
今でもこの手に根深く残っている

噛み締めている奥歯からぎりっと音が滲む
ふつふつと沸き上がってくるのは怒りではない
何も出来ない小さな存在への
抑えきれないぐらいの深く大きな嫌悪感と
いつからかずっと心にわだかまっている絶望感

「オンキリキリバザラバジリウンハッタ!」

 異形の気配が掻き消えた
どうやら昌浩と騰蛇が異形を退じ終えたらしい
さわりと起きた風が頬を撫で
柔らかな感覚に眼を細めて後ろを振り返れば
十二神将の二人と昌浩が視界に入り込む

六合と騰蛇と昌浩
三人が揃って何かを話している光景を目の当たりにして
どことなく寂しいという感覚が晴霞の中に生じた
無意識に三人から視線を逸らし
路の脇に置いてある荷物を取りに急ぐ
持ち上げた荷物を抱え直そうとすると
その内の最も重い物二つを横から拐われた

「全部は持てないけど少しくらいなら手伝うよ」

 荷物を拐ったのは昌浩だ
返してもらおうと口を開くも
言葉を発する前に昌浩が歩き始めたので
かけようとした言葉を飲み下すしかなかった

「早く来ないと置いていくぞ」

 あからさまに不機嫌な様子で物の怪が真横を通り過ぎていく
顕現していた六合も穏行して昌浩についていく
これは歩かないと本気で置いていかれそうだ
今更ながらに募る疲れを溜め息に混ぜて吐き出すと
晴霞も歩き始めた



次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ