少年陰陽師

□第十五部
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自然の理に従って下へ下へと向かうなか
異形の持つ鋭い牙が傾き始めた陽の光を反射する様が見え
その先端が狙うのが
自身の命の根源であることを
晴霞は理解してしまった

(・・・・・ああ、私)

 ふっと脳裏を過るのは
牙に身を貫かれた自身の姿

(死んじゃうんだ)

 もとより入っていないのと同然の力が全身から抜け落ちる
必死に拒んでいた恐怖心は不思議と己の内にはあらず
抗うことへの確かな諦めが思考を支配していた
覚悟せず“死”をその身に受け入れ
手離さなかった意識が手から落ちかけていく瞬間

「───諦めるな!」

 今迄拒まれ続けた声に、全てを引き戻された

「臨める兵闘う者、皆陣列れて前に在り!」

 自分のように決して揺らぐことのない霊力が炸裂して
晴霞の真下に位置していた気配が大幅にずらされた
誰の声に引き戻され
誰によって異形が動かされたかわかった晴霞の表情に
さっと広がるのは色濃い驚愕

「譲刃!」

 あと少しで地面に触れる直前に
重力も加担され重くなったぼろぼろの身体を
異形を動かした誰かの腕に確かに収められた
響く衝撃に視界と思考が一瞬漆黒に染まったが
晴霞の意志が夢殿へと向かうことを拒み
すでに痛覚さえ麻痺した身に還ってきた

細くも深い呼吸をなんとか保ちつつ
己を腕に収めている者の顔を仰げば
路の後方に置いてきた昌浩の顔がそこにあった
見つかりもしない言葉を紡ごうとして
晴霞は昌浩の表情に喉を詰まらせる

(どうして・・・)

 どうして、そんな安心と心配が綯い交ぜになった表情をしているのかが
晴霞には酷く胸中を掻きむしられる
また誰かに助けて貰った
また自分の力だけでは終えられなかった
また、人の手を、煩わせた
また・・・また・・・

「・・・っ」

自分が、未熟だということを、痛いくらいに思い知らされた


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