時飛ばしの果てに…(PIXIV版)

□PIXIV版 第25章 変異
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私がここ(幕末)に飛んできたのは偶然じゃなかった。


知りたいと思っていた‘事実の欠片’は私に優しいものじゃなくて……、私を元の世界へ戻すものでもなかった…。
知らない方が良かったのかもしれない。

『それがどんな事実であろうと目を逸らさない』

そう声高に言い募っていた自分が何て子どもだったのだろうと、自嘲気味な笑いが零れる。

そう、今の私のやっている事は、どう見たって、反対の事で…
風間さんが告げてきた事実を自分の中からかき消そうと必死になっている。

そうでもしないと…
今の私を……新選組の佐伯 楓である事を失いそうで……。
今の私の大事なものを失いそうで……

怖い…

それを失わない為なら、
ここにいる為だったら、事実だって捻じ曲げてもいい。
元の世界にだって背を向けていい……

あの人の傍にいる為なら…

 
 
 
 第二十五章《変異》


「う、寒っ!」

もう春だというのに、夕べの雨のせいか、ひんやりと染みこむ冷気に一瞬、ブルッと身震いした楓は、ん!と気合を一発入れて、朝餉の用意の手伝いをしに勝手場へと急いだ。
食事当番ではないので、本来なら、そんなに急ぐ必要も、というか勝手場に行く必要もないのだが…

「だってね…、今日の当番が…ね」

誰に向かってでも無く、言い訳を呟いてしまう。

今日の朝の食事当番は沖田と斎藤……
性格的には水と油。だからこそウマが合う二人なのだが、事と次第によっては敵同士みたいに衝突する。
最も多いのが、土方に対しての態度の違い。
土方を天上の人の様に崇拝する斎藤からすれば、土方を揶揄し、込ませる沖田には天誅が下ってもおかしくない、天から降りないのならば俺が…とまで思っているほどで、この件に関しての睨み合いは日常茶飯事。
そして、もう一つ…日常茶飯事的に、沖田と齊藤がぶつかるのは……



「総司!!」




あああぁ…始まってた……



斎藤の滅多にない怒鳴り声に楓は更に慌てて、勝手場への廊下を走りだし、曲がり角の所で一人の幹部にぶつかってしまった。

ドシン!!

「お、とととっと…」
「ひゃあ」

ぶつかった反動でバランスを崩した楓の手を、倒れる前に男が引っぱり戻した。

「大丈夫かな?」
「松原さん!」

多少苦笑を含んだ、それでも穏やかな笑みをみせたのは、四番組組長・松原忠司。
楓がすみません、すみませんと何度も頭を下げるのを手で制して、気にするなと笑う。


「ありがとうございます。松原さんは、今お帰りですか?お食事どうされます?まだ準備中ですから間に合いますよ?」

楓の矢継ぎ早の問いかけに松原は鷹揚に答えた。

「食事か…、いや、済ませて来たから必要ないよ。あぁ、そうだ。後でよいので、茶を一杯持ってきてもらえるかな?」
「はい!分かりました」
「じゃあ、頼んだよ」

そう言うと穏やかに笑って、松原は自室の方へ足を向けた。
 
 
四番組・組長の松原は端正な顔立ちの多い新選組幹部の中にあっては、あまり目立つ存在ではない。
が、その温厚で実直な人柄で、隊内の信望は厚い人物である。
屯所近くに別宅を構え、妻帯している松原は、時折こうして朝、屯所に戻ってくる。
今日も朝は奥さんの手料理かな?と思うと、なんかほっこりした気分になる。
松原さんが別宅を構えたのって、まだ最近だからまだまだ新婚さん?
などと勝手に想像してると顔がニヤニヤと勝手に緩んでくる。

「げ……っ!」

が、そのニヤニヤ顔が、ある一点を見て急速に引き攣っていく。
食事当番の斎藤が何かを抱えて、井戸の方へ歩いて行く。
何かを抱えてる斎藤…

「さ、斎藤さーん!!」

楓は慌てて、井戸場へ駆けだした。



 
 
「斎藤さん?」
「…………」

無言のまま井戸へ向かった斎藤の背に声をかけるが、返事をする気も無いらしく完全無視された。
黙したまま手にした鉢を井戸の脇に鉢を置き、カラカラと井戸水をくみ上げる。

ヤバい、マジで怒ってるよ

なみなみと入った桶の水を徐に鉢の上に……

「あ―――っ!!斎藤さん!ダメです!!」

楓が叫び声をあげて、鉢を取り上げた。
鉢を覗けばやっぱりと言うか、まさかと言うか、多分おひたしを作ったつもりなんだろうな…と思われる醤油の中にッ浮かんだ青菜……
にしても、井戸の水を汲んで何をする気なのか?
奪った鉢を齊藤から隠す隠すように身を捻らせてた。

「何をするんですか!?」
「佐伯か…、見ろ!このおひたしを!
総司の奴、加減も考えず醤油を入れるから……食えたものではないわ!!」

憤然と言って楓から鉢を取り上げようと手を伸ばす。
それを楓が渡すもんかと反対へと身体を捻る


「だからって、水洗いは!!」
「塩の取り過ぎは身体に良くないと言うではないか!」
「それはそうなんですけど!」

鉢を取り返そうとする斎藤とそうはさせまいとする楓の睨みあいは続く。
ここは討ち入り現場か?と言うほどの殺気?が漂う中庭。
新選組指折りの剣術使いの斎藤を前に、楓は怯む事なく睨みつけた。
鉢を抱えたまま隙なく、構えを取る楓の虚を突こうと斎藤が擦り足で左足を横へずらす。
それを視界に入れながら、楓もいつでも逃げれる様に右足を後ろへと引いて行く。

「佐伯、鉢を返せ」
「嫌です」
「返せ…と言っている」

側面に回り込む!と見せかけた斎藤が、一瞬、楓の視線が横へ逸らされた瞬間にの隙に鉢に手を掛けた。
慌てて鉢を抱きしめた楓と、今度は至近距離から睨みあう。

「離せ…佐伯」
「斎藤さん……、青菜は水で流すと栄養分も流れちゃうんですよ……」
「……っ?!」

楓の静かな呟きに、
ピタッ!と斎藤の動きが止まったのを見て、楓は心の中で『勝った!』とガッツポーズを取る。
この男、長生きしようなど全く考えていないくせに、健康に関してはやたらとうるさい……


ホント、ここの人ってなんかずれてるよね…


固まった斎藤から鉢を取り返した楓は、改めてその中を見て、『酷い…』と肩を落とした。

黒々とした醤油の海の中に浮かぶ青菜にがっくりと肩を落とした楓の背後から、のんきな声が聞こえてきて、堪らず大きな大きな溜息が出た。

「おはよ、楓ちゃん。おひたしの争奪戦は楓ちゃんの勝ちみたいだね」
「沖田さん…、これはやり過ぎです……」

沖田の顔を見る気にもならず、ただ呆然とおひたしを見つめながら呟くと、

「あ――、楓ちゃん、僕『おはよう』って言ったのに、返事してくれない!」

と拗ねた声が返ってきた。
面倒くさいなぁ…と思いつつ『はいはい、おはようございます』とやる気の無い挨拶を返すと、今度は

「……目を見て言ってくれない」
「…………」

と言い返された。
この騒動は誰のせいなんだ!と落とした肩をフルフルと震わせた楓が、挨拶だけじゃなく一言逝ってやる!と勢い良く振り返ると、

「わっ!!、近っ!」

鼻と鼻がぶつかりそうなくらいの近さに沖田の顔があって。
その端正な顔に満面の笑顔を浮かべた沖田が、腰に手を当てて楓を覗きこむように腰を落としていた。

「おはよ、楓ちゃん」
「う、お、おはようございます…」

あまりの近さに目を白黒させ、返事をする声が上擦る。
と、沖田の笑顔が更に近づいて来て…

ま、まさか、こんなところでキスする気じゃないでしょうね!!


鉢を抱えて身動きとれない楓は、沖田ならやりかねない!と思わず、目をぎゅっと瞑る。
頬に沖田の吐息を感じ……、次の瞬間

ゴン!!

「あたっ!」

おでこに衝撃が来て、瞼の裏にチカチカと星が飛ぶ。
おでこに手を宛て目を開けると、ニッと笑った沖田がいて…、

「な、何するんですか!?」
「ちゃんと挨拶してくれなかったバツだよ」

と言って、頭突きを喰らって両手で額を押さえて無防備になった楓の鼻をペチンとはじいた。

 
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