また、君に恋してる

□U
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不思議な女





それがいつから感じられるようになったのか…


総司は日付を言える程覚えていた。






あれは8月も終わりに近づいたある日だ。
きっかけ?
そんなものは何もなかったと思う。


総司の通う大学も他に洩れず、夏休みの最中。
全国大会を終えて、4年生が抜けた総司の所属する剣道部は、新体制となって初めての合宿を行う為、合宿前の調整練習が行っていた。

アップ、柔軟体操、素振りといつも通りの練習をこなしていく部員たち。
総司も皆と同じメニューをこなし、熱の篭る道場で、はぁ…とその熱気を同じ位の温度の息を吐いた。
茶髪で、どちらかと言うと不真面目そうに見える総司だが(そう総司自身が見せている…事もあるが)、こと剣道に関しては手を抜く事など無く、むしろ人よりも重い練習ノルマを課しているのではないかと噂もたつ。
その人に見せない努力と、天性の才能を持って実力は2年生でありながら、部内1番を誇っていた。


外の何倍もありそうな湿度の中、黙々と練習メニューをこなしていった総司達は、主要メンバーによる紅白試合形式を始めた。
紅白、一進一退の勝負が続き、やがて大将を務める総司の番となる。
野太い声援と隣で練習をしている女子部員の少し控えめな応援を受けながら、一礼をして竹刀を構える。

「始め!」

主審を務める後輩の声に合わせて、相手を威嚇する奇声が上がる。
と、同時に大きく踏み出した相手のしないが総司の面を狙って振り下ろされる。

「っ!」

それを竹刀でかわせば、落ちる事の無いスピードで第二打が打たれる。
今度はそれを正面から受け止めれば、重い衝撃に腕がびりびりと痺れた。

さすが……

自分の1.5倍はありそうな横幅の相手を見やりながら、総司は小さく口笛を吹いた。
部内でも重量級の相手は下手な奴なら竹刀ごと吹き飛ばせるほどの威力を持つ。
実力は折り紙つきの総司とて、油断出来る相手ではない。
そうは思いながらも、腹の底から上がってくる興奮を隠しきれず片口端をあげた。
相手が強ければ強いほど、身体中の血が沸き立つ。

この男をねじ伏せたい。


打ちこんで来る相手の剣を受け流しながら、総司はその肩口に視点を据える。
竹刀を動かそうとする際の必ず起こる僅かな肩の揺れ。
その瞬間にこちらから打ちこむもうと竹刀を握る手に力を込める。




その時だった。






「ぐぁっ!!」






「総司?!」
「沖田!!」
「沖田先輩!!」


一瞬、何が起こったか分からなかった道場にいた部員達が、ハッと我に返ったように叫んだ。
それもそうだろう。
陽炎のように気を放ち、今にも相手に打ち込もうとしていた総司の身体が吹き飛んだのだ。

それも後ろへ…

対峙した相手は微動もしていないというのに、文字通り弾き飛んだのだ。

不意を打たれて飛んだ総司の身体は受け身を取る間もなく、2M程後ろの床にたたきつけられた。

ドン!とボールのようにバウンドした身体がもう一度床に落ちて、動かなくなる。

「総司!!」

慌てた駆け寄ってくる部員たちが、おそらく頭をぶつけただろう総司を起こして良いモノか、躊躇していると

「………ってぇ…」

小さく呻く声が上がり、小手を巻いた右手がそろそろと動き面を抑えた。
手が届かない面の下で、意識が定まるのを待っているのだろうか。
動く気配のない総司に周りに集まった部員たちが不安げに顔を見合わせた。
やがてのろのろと身体を起こした総司の背を同じ組の部員が支え、面を外してやる。
頭に巻かれた手拭の下の顔は、蒼白く伝う汗は暑さの為だけではない様に見えた。
面を外され新鮮な空気を深く吸い込んだ総司は、それでもだるそうに頭を垂れた。

「総司……?」
「沖田先輩、大丈夫ですか?」
「……………」

軽く首を横に振る総司を後輩二人が支え起こし、風通りのよい道場の端へ連れて行く。
休んでおけと総司に声をかけた主将らしい男が、ざわめく部員達に練習再開を怒鳴った。


眩暈でも起こしているのか、目元をを抑えたまま、ずるずると身体を横たわらせていく。
片手で顔を覆った総司の額に冷えた濡れタオルがかけられるのを感じて、『ありがとう』と囁くように礼を言う。
総司の横に座り込んだ、マネージャーはか細い声を聞き逃さない様に顔を近づけた。

「一体……どうしたんですか?」
「…………」
「まるで、交通事故にあったみたいに体が後ろへ飛びましたよ」
「…………
「え……?」

顔を近づけてもなお聞えない総司の声に更に耳を寄せると、もう答える気がないのか、何でもないと首を横に振られ、マネージャーは唇を不満げに引き締めた。









話せる訳がない。


自分が死ぬのを見た……なんて。







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