時飛ばしの果てに…【玲瓏の季】

□閑話 《深遠の森にて…》
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閑話《深遠の森にて…》



楓が風間を追いかけた時に日が傾きかけていた空は、その風間が去った後はすっかりと日の影を失くし、緑の木々が暗く生い茂る森の中に総司と二人立ち尽くしていた。

近藤や斎藤達のいる場所へ戻らなければ…
その思いはあったが、頭上を覆い尽くす木々の隙間から覗く小さな星空を見上げ、総司は諦めの息を吐いた。

ここで慌てて動く方が危険が多い。

楓はおろか自分自身すら、土地勘も何もない場所だ。
闇雲に動く事が得策とは言えない。
どんな野生の動物が徘徊しているかも分からない。
“羅刹”である自分一人なら日の光が失われた今の方が動き易いのだろうが…
総司は離れないよう握りしめた楓の手を強く握り直す。

僕は一人じゃないから…

そして、何より危惧すべきなのはその“羅刹”
綱道の羅刹の生き残りがいないとも限らない…

鎮撫隊のしんがりについた原田と永倉が、綱道の羅刹部隊を一掃した、と風間は言っていたが、
斎藤と藤堂が出くわした羅刹も全滅させてきたはずだが、羅刹は…侮れない。

それに…と、総司は口許を引き締める。

労咳の発作を起こし後だ。
僕自身、どれだけ体力が残っているか……
楓を危険に晒す事は避けたい。

「楓、こっちへおいで」
「え………?」

総司に手を取られ、獣道から外れた森の奥の方へと導かれ、楓は戸惑った声を上げた。

「そ、総司さん?そっちは?」
「いいから…」

引っぱった手を今度は前へと突き飛ばす様に放すと『ひゃあ』と悲鳴を上げた楓が倒れ込んだ。
放り出された勢いとは反対に、ポフッと軽い音がして楓の身体が落ちたのは…
天を見通すほど真っすぐに伸びた…杉の木だろうか?
総司が二人手を増しても届くか…と言うほどの幹を持った大木の根元。
地表にせり上がった根と幹が作りだすくぼみに楓の身体がすっぽりと納まっていた。

「な、何?何?」
「今夜はここで野宿だよ」
「ここで?」
「そう」

目を丸くしてくぼみから起き上がろうと四苦八苦している楓の姿に微かに苦笑しながらも、総司は辺りにある枯れ木や小ぶりの枝を集める。
真っ暗に近い闇の中、昼間と変わらない視界を保つ自分が“人”ではない…ことに先ほどとは違う苦い笑いを洩らす。

獣に近いか、化け物に近いか…
今、楓が僕を、赤く光る目が闇に浮かんでいるが見えるかもしれない…

そう思うと、楓から顔を背けややうつむき加減になる。総司は携帯していた火打ち袋から取り出した火打ち金で火を起こした。

パチパチと乾いた音をたて小さな火が枯れ木に燃え移り、総司の吐いた息に煽られ徐々に大きな炎となっていく。
やがて炎が楓の顔を赤く照らしだしたのを確かめ、総司は楓を立たせて、代わりにその木のくぼみに自らが座った。
自分の足の間に楓を引き寄せ、背中から抱え込んだ。


「寒くない?」
「大丈夫です」

『大丈夫』と言う言葉とは裏腹に首を竦め、肩をいからせた楓の身体は、総司の腕の中でも強張っていて。

周りを見通すことのできない深い森をおそれているのか、遠くに聞こえる獣の遠吠えに怯えているのか、
いろんな事が起こり過ぎて、ついていけない心が感情を殺してしまっているのか…

「楓…「総司さん」…」
「「………………」


互いを呼ぶ声が重なり、互いの言葉を待って沈黙が続く。

「何…「何ですか?」?」

互いの沈黙に問いなおす声がまた重なり…
一瞬の間の後、二人同時に噴き出した。

くくくっと笑う総司の腕が楓の身体を揺らすと、ふっと体の力の抜けた楓もくすくすと声を漏らした。
総司は肩に顎を乗せ、楓の頬に耳を寄せて行く。

「何を言いたかったの?」
「近藤さん達は大丈夫でしょうか…って」
「なんだ、そんな事?」

総司が思ってもいなかった言葉に脱力して返すと、『何だはないでしょう?』と拗ねた声と共に肩で顎が押し返された。

「大丈夫だよ。きっと一くんが近藤さんを江戸まで連れて帰ってくれてるよ」
「そう…ですよね」
「うん、心配いらない」
「はい」

確かに、負傷した近藤をあの場においてきたことは気にならない事はないが、あそこには斎藤も藤堂もいる。

一くんと平助なら僕等を待つ事なく、近藤さんを江戸へ退避させる方を選ぶだろう。
僕があの場に残されたら、きっとそうするからね。
それが僕等を置いて行く…のではなく、僕等がきっと戻ってくることを信じているから。

それに…とふと浮かんだあの場にいなかった鬼の副長の顔。

土方さんが江戸へ戻っている間、一くんは近藤さんと千鶴ちゃんを江戸まで無事に逃がす事を厳命しているだろうから…
土方さん至上主義の一くんがその任務を完遂しないはずない。

敗戦の色濃い戦場から逃げている…という状況の割にはさほど今の状況を楽観視している自分に少し呆れる。
だが、出陣前に原田に言ったように、総司にとって近藤と腕の中にいる楓が無事である事、それが全て。

江戸に着くまでは…
近藤さんは一くんが守ってくれる。
楓はここにいる。
今はそれで十分だと思う。



ふっと、手に温かい物が触れて、
見ると細い手が総司の手の筋をなぞるように手の甲を撫でている。

「何?」
「ごめんなさい、勝手な行動ばっかりで…。
迷惑と心配掛けました」

小さく囁き声の謝罪にまたもや苦笑が漏れた。
確かに、行方をくらませた楓を追って、日野村から甲府の山奥まで予定にもない強行軍でやって来た。
途中、羅刹に襲われ、薫に殺されそうになった。
終いには山奥で野宿する羽目になっている。

山南さんじゃないけど、コンコンと説教してもよさそうな状況なのに、怒りが浮かぶより笑み(苦笑いだが)が浮かぶのだから…
自分でもどうかしてる、と思う。

でも………

 

 
 
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