時飛ばしの果てに…【萌芽の季】

□第五章《正念場》
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どれ位、時間が経ったのか、廊下を歩く静かな足音が聞こえてきた。


横たわったままだった楓は、縛られた両手でガバッと体を起こし、障子の方へ目を向ける。


スッと開かれた障子の向こうには、千鶴と井上…ではなく、黒い着物を着た若い男。

「雪村さん…」

千鶴の顔は部屋を出る時 よりさらに顔色が酷くなっていた。

ゴクリと生唾を呑む。
一体、どんな話しがあったのか…。


「ゆ、雪村さん…、だ、大丈夫ですか?」


強張った表情がピクリと 揺れて、千鶴の視線が楓へと向けられる。

だが、返事を返すどころか、顔の筋肉すら動かす事が出来ないようだった。


男に背を押され、部屋へ足を入れた途端、
ストン
と、力のない人形のように千鶴は座り込んだ。

楓は千鶴ににじり寄り、俯いたまま身動きしないその背中を摩る。

「大丈夫ですか?」

もう一度尋ねると、『はい…』とか細い声が返って来た。


「今度はあんたの番だ。」

後から肩を捕まれ、肩越しに振り返ると、男に腕を捕られ引っ張り上げられる。

「あっ!」

両手足を縛られているのに、無理に引っ張られた楓はバランスを崩し、しりもちをついた。
「いったぁ!」

「す、すまぬ。
足も縛っていたのだな。」

焦った様子で男は楓の足元にひざまづき、足の縛りを解いていく。

「 ………… 」

男の顔が赤く見えるのは、気のせいだろうか?
楓の足をなるべく触らない様にしているのか、縄を解く手元がぎこちないのは気のせいだろうか?

男が不意に顔を上げて、目が合う。
すると、ボッと音が聞こえそうな勢いで、男の顔が赤くなり、ぷいとそっぽ向いた。

(………… 、可愛いかも…)


だが、そうほんわか思ったのもつかの間、腕を捕られ、部屋から出された。


男は部屋に残った千鶴を振り返る。

「あんたはここでまて。
外には見張りが置いてある。
下手な考えは起こさぬ方が良い。」

千鶴がコクコクと頷く。


その言葉の通り、楓たちのいた部屋の外で、刀を差した男が2人立っていた。

楓を連れて行こうとする男に一礼する。
軽く礼を返してから、楓にポツリと漏らす。

「あんたの事情は、皆目解らぬ。
己の為、最悪を想定しておけ。
さして、良い方へは転ばん。」

楓は唇を噛み締め、不確かな情報、推測のなか、自分がどうすればいいのか考えあぐねていた。
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