頂き物語り

□祝宴
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「一年か、早いもんだな」


土方は広間の上座に座るさのこの隣りに来て、酒を注いだ。

下座に座るのも人に酒を注ぐのも役人連中との付き合い以外では滅多にない。

ましてさのこは女。

だが新選組一同の恩人であり親とも呼べる彼女に、今日は特別だと言いながらお銚子を傾けた。


「ごめんね、最近あんまり会ってなかったよね」
「いや、さのこも忙しいんだろ? その辺は分かってる。
 分かっちゃいるが……あいつら、どうする気だ?」


反対側の端っこの席で、仲睦まじく膳の物を分け合う総司と楓に向かって顎をしゃくる。

色々抱えちゃいるが、あいつらも大事な俺の仲間だ。

幸せになって貰いてぇ、そう願う心は他の奴らと変わらない。

きっと何か道がある……そう信じたい。


「切ないよね。私も楓ちゃんが好き。総司もみんなも、大好き!
だからね、大事にしたいと思うの。一緒に居られる時間を、ね」
「……祝いの席だってぇのに辛気臭い話をして悪かったな。ちょっと耳貸せ、ほら」


土方はさのこの肩をそっと抱き寄せ、その耳元で小さく囁いた。


「俺もお前を気に入ってんだ。いつでもいい、待ってる」
「っ! ……うん、ありがとね」


少し赤く染まった頬は酒のせいだけじゃないだろうが。

あんまり苛めると後で仕返しをくらいかねねぇ。

土方はどこかくすぐったそうに小さく笑んださのこと目を合わせ、同じように微笑んだ。

いくらか酔いの回った原田が立ち上がり上座に来ると、土方は席を譲った。

まぁ他のやつらも言いたいことはあるだろう。

……俺だけのもんにゃ、ならねぇよな。

諦めて微苦笑を零し、宴席を後にして副長室へ向かった。


「さのこ、飲んでるか? いい日だな、久し振りに明るい話題だ。
……お疲れさん、仕事はどうだ? 頑張ってるらしいじゃねぇか」
「ありがと。そうだね、どこもあんなもんじゃないかな?
お金貰う以上楽って事はないけど、楽しいこともあるし」
「ま、俺らとあんま変わんねぇってことか。……ちょっとじっとしてろよ?」


原田は素直に動きを止めたさのこの口元に手を伸ばし、その唇の端に優しく触れた。

酒で色付いた頬が、もうひと刷毛頬紅を添えたように色付く。


「紅がずれてた。……期待したか? ククッ、流石にここじゃあな。
どっか別んとこで、お前の好きなように動いてやるよ。そん時は……覚悟しろよ?」
「……考えとく」


目を泳がせるさのこの髪をくしゃりと撫で、顔を覗き込む。


「あんま無理すんなよ? お前の元気がねぇと俺達も気が気じゃねぇ。
大丈夫だと思いてぇが、そんだけ大事だっつーこった。
お、新八の奴、平助を引っ張ってきやがったな。んじゃ、またな」


原田はもう一度髪を撫でると、楽しそうに自分の席へと戻って行った。

すれ違いざまに平助の頭を小突くのは忘れない。
さのこに心配かけんなよ? と弟分の背中を押した。


「さのこ、馬鹿を連れてきたぜ! 平助、ほら謝れ」
「いってぇ〜、なんで左之さんも新八つぁんも頭ばっか小突くんだよ。
馬鹿になったら責任取れよ! ……って、まぁ馬鹿やっちまったんだけどさ。
さのこさん、ごめんな? 色々やらかしちまって。
あ、でも俺頑張るからさ! 頑張るから……見ててくれよな?」
「分かってるよ、平助は頑張ってる。頑張ったからこその今だもん。
ちゃんと見てるから。私だけじゃなく皆もね」


さのこはグッと手を伸ばし、何度も拳骨を喰らっただろう彼の頭をポンと軽く叩いた。

その目が、いつにも増して穏やかに優しく平助を見つめる。

普段から女性にジッと見られることのない平助は、それだけで顔が熱くなった。


「あ、ありがとな。さのこさんって……やっぱ優しいよな。
俺、さのこさんの事好きだ! っって、そういう意味じゃなくって!
ほら、なんつーかさ……ごめん、何言ってるか分かんねぇや」
「ハハハ、馬鹿は死んでも直らねぇってやつだ。おら、平助!
あんまり長く居てばれちゃまずい。送ってやっから山南さんのとこ戻ろうぜ。
さのこさんよ、あんたにゃ腹割って話してぇことが山ほどあるんだがよ。
とりあえず、礼だけ言わせてくれや。また今度ゆっくり話そうぜ」


永倉はそう言うと平助の襟を掴んで立たせ、軽い口げんかをしながら出て行った。

大きな図体を揺すり歩く後ろ姿は頼もしい。

さのこは後姿に向かって、小さく手を振った。

人の減った広間には、楓とさのこの他にもう一人女性が居る。

彼女と目が合うと、にっこり笑ってこちらにやって来た。


「さのこさん、いつも本当にお世話になってます。
一年って、長いようで短いですよね。本当にあっという間でした。
私も楓ちゃんやさのこさんに負けないよう、頑張りますね!」
「うん、千鶴ちゃんにも千鶴ちゃんの役割があるから。頑張ってね。
応援してるから一緒に頑張ろう!」
「はい! あ、そろそろお膳を片付けますね。
今日はわざわざ来ていただいて、本当に有難うございました」
「どういたしまして。お祝いの席を設けてくれて有難うね」


千鶴がぺこりと頭を下げると、高く結った髪がサラサラと前へ流れた。

女性が一番綺麗な年頃の、愛らしくはにかんだ笑みが眩しかった。
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