挿話録集

□西国挿話(屯所挿話録番外編)
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とうとうこの日が来た……



心臓は胸を突き破りそうなのに、諦めの言葉を吐く自分がいて……
風間に見えない様に千風は眉間に皺を寄せた。

 
 
 
 
「東の…雪村の鬼姫様が嫁入りに承諾されたのね…」

滅んだと聞かされていた、東国の由緒ある血筋の家。
その生き残り…それも女鬼がいると千景本人から聞いた。

その女鬼を風間は“妻”にする…と言った。
風間が…西の鬼の頭領である風間が、
私と……、子供を産めないであろう呼ばれし者である私と共に生きる事を周囲に認めさせる為には、後継ぎとなる子をもうけなければならない……という。



あなたは呼び寄せておいて酷い事を言う…
時々、そう言って千景をなじりたいと思う。

が、結局、自分が子を産めない…だけの事なのだ。



たとえ、時を超えなくても…、
私には子を成す事ができな買ったかもしれない。
 



千景の役に立てない以上……
千景の邪魔をしてはいけない……

千風は最後に……と風間の首に回した手に力を込めた。




「そう、ならば、お迎えの準備をしない…とね。
っ!待って、千景、鬼姫様を一緒に連れて来られたの?!」


抱きしめて離しがたい、とその淡い金の光を放つ髪に口唇を寄せて、千風はハッと身を固くした。


祝言を挙げる…というならば、その相手となる東国の鬼姫を連れてきているはず。
その鬼姫の前で夫となる男と抱き合う…なんて……
鋭く睨む。
だが、そんな視線をものともしない男は、千風の身体をそっと下ろし、肩の所で髪をまとめた髪紐をするっと解く。

しゅるり、とまるで衣擦れの様な音がして背中に流れた黒髪を今度は、頭の上で捩り纏め、袖から取り出した簪で留める。


それは…その髪型は、里では既婚の意味を持つもの。


「一体何を……」


益々風間の意図する事が分からず、睨みつける目に困惑の色が深くなる。
だが、続いた風間の言葉に千風は硬直した。



「雪村の女鬼などいない。
俺が祝言を挙げるのは……お前だ」
「………は?」
「聞こえなかったのか?
お前と祝言を挙げる、と言ってるのだ」
「……じょ、…だん」
「お前は大人しく俺の妻になれ」
「な、ば、か…言わない…」
「“呼ばれし者”は“呼び寄せし者”と共にある事べし……なのだろう?」
「何を……今更……」


怨みがましい口調にすっと紅い瞳が細まり……小さく嘆息する。


「長老達が許すわけがないでしょ!!
あなたは長なのよ!?
西の鬼を統べる者なのよ!?」
「そうだ。俺は西国の鬼を束ねる者だ」
「分かっているなら、その責務を最優先すべきでしょう?」
「俺はその責務を忘れてはおらぬし、おろそかにもするつもりはない」


自分の胸を叩き続ける弱々しい腕を見下ろして眉を顰め、叩く事も出来ない程に抱き寄せた。


「頭領としての責任と同じ位、お前に対する責任も自覚している。
そのどちらも俺の命と等しいものだ。
お前を呼び寄せた時から……
いや、呼び寄せる前、お前がいた十年前から変わらん。
長として一族を統べる責任。
お前を俺の傍に置いて、その生涯を守る…と誓った責任。
今も同じだ」


千風の抵抗に平然と言い返していた風間がふと皮肉交じりの笑みを浮かべ、
熱が籠ってほんのり赤い頬に手を添える。
覗き込む瞳はいつもの過剰な程の自信が消え、弱々しくさえ見える。



「共にある…そのやり方を間違えたのは…俺に非がある。
お前に…辛い想いをさせた…」
「わ、私は……」
「また、怒鳴られる…な」
「え…?」
お前を泣かせるな…と言われた」
「……?」


唐突に変わった風間の言葉に顔を上げれば、今だ弱い光を湛えた瞳に浮かぶ苦笑い。


「泣かせて、辛い寂しい想いをさせる為に呼び寄せたのか…と
お前が流す涙を誰が拭ってやるのか…と怒鳴ったヤツがいる」
「千景を……怒鳴りつけた…?」


大の男でさえ怯え、ひれ伏す程のこの人を

天霧や不知火以外にも、怒鳴りつけれる人がいるなんて…

驚き、あっけにとられている千風に、風間がふっと笑う。


「やはり…似ているのかもな…お前に…」
「……?誰が?」
「俺を怒鳴りつけた、もう一人の“呼ばれし者”の女が」
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