ワンピース
□フーシャ村にて
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その場面。
その瞬間。
まさしく物語と同じ事をしようとしている子供に、私の中の何かが小さくキレた。
ふわふわと浮遊しながら、けれどジリジリと追い立てられるように、積もり積もった澱のようなものが、私の頭を真っ白にした。
ナイフを握った手が痛い。
当たり前だ。
刃の部分を握ってしまっているから。
「ぎゃあぁ゛〜!!」
目の前で叫んでいる子供の声に、眉間のシワを深くした。
ぽたりと落ちた赤い雫に気づいて、こちらを見る目。自分で刺した目の下を手で押さえているから、片目だ。
「ルフィ」
苛立ちを隠さずに、低くその名を呼んだ。
「痛いでしょう?」
「痛くない!痛ぐない゛!」
「痛い、でしょう?」
カランと音をたてて、握っていたナイフを離す。血濡れた私の左手を、彼の前に広げてみせた。
「い゛…痛くない」
「早く、早く手当てしなきゃ!」
まだ言い続けようとする子供に、いい加減ぶちキレそうになった時、他から声が上がった。
「ウミちゃん、手が!」
叫ぶようなマキノさんの声。私の指から、手から、だらだらと血が流れ続けている。とりあえずハンカチをあててくれるマキノさんに謝った。
「すいません…」
痛くないわけがない。生理的に涙が浮かぶ。
アァ、痛イ。
「ルフィ」
「なんだ?」
小さな子供は、自分の痛みに加えて私の怪我を見て、ぐっと眉間にシワを寄せ、歯を食いしばる。けれど、こちらを見る目は強い。
「マキノさんの顔を見なさい」
「マキノ?」
真っ青になって震えるほど、泣きそうなくらい、心底心配している。
「痛い、でしょう?」
「痛ぐない゛ッ!」
少年は、自分の思いを曲げない。
―――イタイ。
コレハ夢デショ?
何デ痛イノ?
「お医者様を呼んでくるわ」
走って行ったマキノさん。
「俺も!」
後に続こうとした子供は、止められた。
「おまえも手当てだ」
「ベン!はなぜぇ゛!!」
「おい、船医はどこいった?」
「ここだ」
すでに私の指は、厳ついおっさん医師によって、応急処置が施されている。
「ウミ!ウミ…じぬな゛ぁ!」
勝手に殺さないで欲しい。
先程からポロポロと涙の零れていた子供の目から、ドバッと水分が溢れ出した。
「い゛、いってぇ〜!!じゃねぇ!痛くない゛ぃ!」
それが傷口に染みたのか、ベンさんに捕まれたまま、ルフィは悶え叫んだ。
「おまえ、無茶するんだな」
船医の手当てを受けていると、傍観していた男が話し掛けてきた。
「痛いだろ?」
「はい」
「はい、って…」
やはりガキらしくないとか可愛いげがないとか。
当然だ。
私の中身は、目の前の男―――赤髪のシャンクスよりも、年上なのだ。
見た目は、いまだ喚いているルフィとさほど変わらない。
「あー、痛くなかった」
その言葉に再びキレそうになって、少し落ち着かないとと、ルフィから離れた。
いつの間にか悪魔の実を食べていた少年に、ため息―――
やはり、ここは物語の中なのだ。