短編
□終末の谷の後
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終末の谷から帰った後
***
ぼんやりと、白い部屋が見えた。
少女が覚えているのは、それだけだ。
「…で、彼は三代目預かりなのね?大丈夫?」
「うん、大人しくしてる。動けないしネ」
紅は、ベッドに眠る少女の頭を撫でる。
そのまま額に手をやれば、熱い。頬は、常よりも赤く染まっている。
終末の谷で倒れた少女ーーー軽い打ち身と、発熱。
大怪我を無理に治療した後、さらに無理をして雨に濡れたのだから、当然だ。
「無茶しないで欲しいわ」
とは言え、その無茶で助けられているのは事実。
任務さえなければと、悔やんでも仕方がない。とにかく無事だったのだと、ホッと息を吐く。
紅がもう一度その頬に触れると、微かに瞼が動いた。ゆっくりと開いた目は、やはり熱に浮かされているのか、ぼんやりと揺らいでいる。
その目が紅を見て、何かを訴えた。
「………おかぁ、さ…」
あぁ、熱を出したのだから、当然だ。
「大丈夫よ」
安心出来るように、そっと撫でる。
ゆっくりと手を延ばしてくる少女には、紅が母に見えているのだ。それを否定するなんて、馬鹿な事はしない。
「おかあさん…」
もそもそと動いて、しがみついてくる。
大事な教え子。
まだ子供。
「大丈夫」
小さな背中を撫でれば、ぎゅっと服を掴んでいた手から、少しだけ力が抜けた。
「熱は?上がってないよネ?」
静観していたカカシが声をかける。熱にうなされてはいるが、危険な訳ではなさそうだ。
「えぇ、ちょっと休めばー」
紅にしがみついていたはずの小さな手が、サッと動いた。
枕を掴んだと思ったら、投げ付けた。
カカシに。
バフッと、直撃ーーー
「………」
痛くはないけど、精神的にダメージ。投げられた枕を手に、もの凄く悲しそうな顔のカカシ。
避けられたんじゃあ…。
「ねぇ…」
「キライッ!」
傷ついたカカシは、さらに大きなダメージを喰らった。
「嫌い嫌い嫌い!大ッ嫌い!!」
駄々をこねる子供のように、ベッドで手足をバタバタさせる。常の少女では有り得ない行動だ。
「もうクッキーなんて作んない!おリョーリしないッ!」
カカシの精神力がゼロになりかけた時、おかしな言葉が出た。
「お兄ちゃんなんかキライッ!バカーーー!!」
「………」
子供返りというか、何というか。夢でも見たのか。これはたぶん、実際にあった思い出だ。
クッキーを作って、何かしら兄と喧嘩した事があったのだろう。おそらくマズイとか下手とか言われたのだ。
まぁ、熱のせいだ。
涙まで出てる。
グスグス泣いている。
紅は、無言でカカシを追い払った。
「………俺、何も悪い事してないよネ?」
ふらふらと病室を後にしたカカシ。
天井あたりから鼻で笑われた。あんまりだ。
少女の思い出が、今生のものではないなんて、誰も知らない。
***
裏設定で、カカシ先生の扱いがひどいのは前世のお兄ちゃんに似てるから、っていうのを考えてたんですが、まぁいいか?カカシ先生だからで…?