小説

□嘘なわけない
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※死ネタ…になる筈が、ただの病み臨也さんネタになりました。







side.S





なんだ、これ。


この状況はなんだ?
この空間はなんだ?
なんでこんなことになってる?

――意味が分からない。









ときは一週間前にさかのぼる。


俺は臨也に呼ばれ新宿に来ていた。
その日の携帯から聞こえた臨也の声は、やけにやつれていた気がする。

薄々感じてはいたんだ。
どこか変だとは分かっていたんだ。
何故俺は止められなかったんだろう。



♀♂



「ねぇ、シズちゃん」
「あん?」
「人間ってさ、死んだらどうなるんだろうね…?」

そんな臨也の不気味な発言に静雄は怪訝に思う。
一方臨也の方は至極楽しそうである。

「人間のことなんて俺よりお前のが知ってんじゃねぇのかよ」
「知ってるとか知らないとかじゃなくてさ。君はどう思うかってきいてるんだよ」

そう言って静雄のことを揶揄する。
意味が分からない。
こんなことをきいて何がしたいのかまったく掴めない。
…だが思いついたことを口に出してみる。

「どうなるも何も、どうにもならなくなるんじゃねぇか?死んだら多分…何もなくなる」

言った直後、後悔する。
なんでこんなことを言ってしまったんだろう…。

俺の言葉をきいた臨也は窓の外に目をやった。
輝く新宿の町を見ているのに、瞳はどこかぼんやりとして……、さっきの楽しそうな表情はどこに行ったのだろう。
本当に今日の臨也はおかしい。

何がしたいのか、何を考えているのか、まったく分からない。

「そうだよね。すべてなくなるんだろう。自殺する人は、現実のしがらみから逃げるために『無』の世界へと逃げるんだろう。でもそれって格好悪いと思わない?現実が恐いから、無に逃げる方がマシだって?なんのために生まれてきたんだって話だよ。まったく…そんなの滑稽だ」
「……そうか」

何が言いたいんだろう。
意図は分からないままなのに、嫌な予感だけが渦巻いている。





「逃げる……、俺の逃げる場所は…どこなんだろうね?」





――その質問は俺を絶望させた。


「お前は…、俺のところに逃げて来ないのか?」

俺の隣が、しがらみからの逃げ場だったんじゃないのか?
本来俺は、お前を癒さなければいけないんじゃないのか?

俺はこいつの何だったっけ。
こいつは俺の何だったっけ。
俺達って一体何だったっけ。


今更そんなの分かんねぇ


「俺は、シズちゃんから逃げたいんだ」


臨也はこちらを見ない。
俺の方を向いているのに、ピントは合っていない。
俺を視界に捕らえないようにしているようだ。

「俺は君を愛しすぎた。もう……いつ壊してしまうか分からない。…自分に自信がもてないんだ」

精一杯の虚勢を作り上げ、笑ってみる。

「はっ。俺を壊す…?何言ってんだ。お前なんかが俺をブッ壊せる訳…」

「脆いよ」


どこか異界から来たようなその声は、よく頭に響いた。
体が、心が、冷たい。

「君は…すごく脆い。」
「………やめろ」
「ねぇ、シズちゃん」
「やめろって…!!」
「お願いだよ」
「やめろ!!!!」

そんな寂しそうな、孤独な声で俺を呼ばないで。
逃げようとしないで。
去っていかないで。
離れようとしないで。
置いていかないで。

俺をひとりにしないで。




「…シズちゃん。お願いだから、俺と別れてくれ」


……確かに俺の涙腺は壊されたようだった。





♀♂





side.I



それは闇だった。





都心から少し離れたマンションの屋上から見下ろす景色はとても美しく、駅前のイルミネーションの煌めきやビルの灯りが眩しかった。
それなのに、風景はずっと闇のままだ。

俺は一週間前のことが頭から離れずにいた。
別れを告げたのは自分。何度も傷つけたのは自分。彼を泣かせたのは自分。
全て分かっている。
幾日も重ね、考えに考えた結果なのだから後悔なんてしないと思っていた。
今でも、彼をこれ以上傷つけないためにはこれが最善だったと思っている。
……それなのに。

「きっと…隣にシズちゃんが居たら、闇には見えなかったんだろうなぁ…」

口から出るのはそんな後ろ向きな言葉ばかりで。
頭の中には彼の姿しか浮かばなかった。
目の前に悠然と広がる漆黒は、こんな俺をも包み込んでくれそうな気がした。
俺は…、俺は逃げるのだろうか。
自分が「滑稽だ」と言ってせせら笑った自殺志願者に自らなるのだろうか。
俺は生きていたかった…筈なのに。

何から逃げる?
何処へ向かう?
何時すすめる?
俺が求めていたものは何?
分からないから、無に逃げるんだろう。
漠然とした不安と恐怖と焦燥に後押しされて、闇へと飛び込む。
死んだら、消えたら、それで終わり。
闇に飲み込まれれば、どうにもならなくなり、何も残らない。

「君を傷つけるだけの俺なんて、この世に必要ないや」

一歩踏み出す。
柵をよじ登り、上に腰掛けた。
足をブラブラ揺らすと柵が軋んだ。
人通りは少ない。
明かりは美しい。
だがその輝きは、無に等しい。

――さぁ、一歩踏み出そうか。





「臨也ぁぁああぁあぁぁぁあ!!!!!!」





肩を震わせ、硬直した。

「……しず、ちゃん…?」

聞き間違えることのない彼の怒声。
なんで…なんで来てるんだ…?

声がしたのは、このマンションの下からだった。
柵から外側に降りて下を覗く。
足場の幅は20センチほどしかない。
柵を後ろ手で掴むと、腕は震えていた。
恐怖からか、驚愕からか…………?
それは分からないが、ただ、彼の声を聞いたときにはここから飛ぶ勇気は失せていた。

「おい臨也!!手前ぇ何してやがる!」

シズちゃんの声が、ひどく懐かしく感じた。
…そうだ。もう俺はシズちゃんと距離を置いた。
もう、遠い存在になったんだ。
それなのに…、何故彼は来た?

「何って…そんな事も分からない程の馬鹿になっちゃったの、シズちゃん?」

…酷く、弱々しい声だと思った。
こんな声量で彼まで聞こえてる筈がないだろう。
だが彼は続けた。

「そこに居てもお前の声は聞こえるからよぉ!絶対こっちに近づいて来んじゃねぇぞ!!!」

つまり、落ちるなって言いたいんだろうな。
なんでそんなに俺に優しくするんだ…。

俺は、君を傷つけるのを恐れて逃げたのに。
俺は、君を捨てたのに。

「こんな…、こんな俺なんて要らないだろう?」

君に届くようにと、自然と声が大きくなる。

「…あぁ!!?」
「……付き合っても何もしてやれなくて!それどころか泣かせてばかりで!…あげくの果てに君から逃げて!捨てて!勝手に去って!…なのになんでまだ優しくするんだよ!俺なんかに生きてる意味はない!価値なんてない!俺なんか必要ないだろっ!!!」

悲痛な叫びだった。
自分でもそう思えるくらいにその声は突き刺さった。
喉が嗄れたって、頭が朦朧としたって、耳鳴りがしたって、もう何でもいい。
君に俺の思いが届くなら、もうそれだけでいい。

「…俺はっ、シズちゃんと居ちゃ駄目なんだよ!!!」
「誰が決めた?」

シズちゃんは言う。
こんなに離れようとしているというのに、君はまだ言う。

「お前は…俺が嫌いなのか?」
「そっ、そんな訳……!!!」
「じゃあはっきり言うがなぁ!俺は……そ、その………あ、愛してる…」
「…、っえ!?」

な、なな、何言ってんだ…!?
そ、そんなの…初めて言われたぞ…!!?
遠目に見ても顔が赤いし、完全に顔を隠そうとしている。

「お、まえは」
「……?」
「だぁから!お前はっ!!…どうなんだよ?」
「俺…は……………………愛、してる、と、思う」

頭で考える時間など無かった。
そんな暇も無く、只無意識で出た本音の言葉だった。

「じゃあ、いいじゃねえかよ」

少しシズちゃんは安心したようだった。
薄く笑って、ただ嬉しそうな表情を一瞬だけ浮かべて、また言った。

「お前は俺を愛した!俺もお前を愛した!俺等はその事実を知ってる!!……そんだけでお前が生まれた意味はあったんだよ!!!分かるか!?」

いつも通り理屈にもなってない言葉だ。
意味が分からない。
生まれた意味がある……?
なんでそんな事言えるんだよ。
分からない。
分からない…のに、
なんでこんなに言葉が体の中に響いてくるんだろう。

「意味がある奴に…、愛されてる奴に…死ぬ理由がどこにあんだよ!!!」


……ぐらぐらする。
がんがんする。
視界がぶれる。
あいつが叫ぶ。
地面が揺らぐ。
俺を呼んでる。
きらきらする。
うっとりする。
…君の声が、響く。





「…やっぱ、好きなんだよなぁ」



俺の偽りのない言葉と共に、
ただ響く。

柵を越え、地を踏み、階段を降り、君のもとへと進む俺の足音が、ただ響く。








あとがきっちゅーか、なんちゅーか。
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