小説

□だが美しい。
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臨也side





「………っ」

いつの間にか景色は変わっていた。
頭の痛みはもう無い。
記憶も…忘れていない。


「静雄さんは…!?し…静雄さんっ……」

目の前には雑踏の街が広がっていた。
沢山の人で混み合い、熱気に包まれている。
ここは見覚えがある……池袋だ。
自分の状況を把握するために、一通り景色をぐるりと見回してみる。
俺は沢山の人が行き交う道路の端で立っていた。
誰も俺を見たりなどしない。
会話、足音、店の音楽。色んな音に呑まれ、人一人の存在など軽く消される。
自分がどれだけちっぽけな生き物かを実感してしまう。

世間は、そんなちっぽけな人間が少しの行動を起こすことでころころ変わる。
後悔、憎悪、嫉妬、焦燥、憤怒、懊悩、哀愁、嘲笑、仰天、恋慕、嬉嬉、楽観、期待……
様々な感情や表情が溢れるこの街が好きだった。
…そんな、気がする。

「…なんで俺、こんなこと知ってるんだ…?」

俺はここで暮らしていたのだろうか…?
いや、なんだか違う気がする。
もしかして…ここにも何かあるのか………?

「俺の大切なもの、って何だよ…?」

本当に、何なんだ?
…でも……
うっすらと…なんとなくなら、分かっている気がする。

それは例えば思い出だとか、強い感情だとか、きっとそういう物。
過去の俺は何かを得たのだろう。
絶対に思いだしたいと本能が叫び出す程の、強い何かを。

俺を支えてくれた、何か。
俺に愛させてくれた、何か。
俺に笑顔をくれた、何か。


…大切なんだろう?
ほら、思い出せよ。

「!!!」

――俺は息を呑んだ

さっきからあったんだ。
…そう、気付くべきだったんだ。
おぼろげに思い出した感情とか、懐かしいと思った風景で。
あの、大きな存在で。



「…………静雄さん?」



そこに居たのは静雄さん。…と、自分。
今度は、今の自分と同じ顔だ。
でも怪我はしていないから、少しだけ前の話なのかもしれないな。
ていうか…なんだ?あの服。
『俺』が着ているのは、モコモコのファーがついた黒いパーカー。
記憶の片隅にあったような、なかったような、初めて見たような………?
そんな微妙な気持ちで2人を凝視していると。

ブィーーーン

重々しく、それでいて素早そうな音色。
…車、だろう。

「……って、車?」

体の奥の部分が震える。
何故だ?俺は何に怯えている?この感情は何だ?
精神の根底から湧き出てくるような正体不明の感情に不安になる。
車……俺、静雄さん…記憶……
どこかに繋がりがある。
本能が、頭がそう言っている。

「……………」

音が近づく。
少しずつ、少しずつ…。
大きなトラックらしきタイヤの摩擦音。
……やばい。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい

「…2人が危ない」

自然とこぼれていた掠れ声。
自然と動いていた自分の体。
それは、当たり前であり、本能であり、予想外の事だった。
動きたくない。でも踏み出してしまう。
感じたくない。でも触れてしまう。
壊したくない。でも傷つけてしまう。
見たくない。でも映ってしまう。

思い出したい。でも……………。

全てが矛盾、意味不明。
だがそれが俺自身の願いであり、望みである。

……仕方ないじゃないか。
俺にだって分からないんだ。
どうしたいのか、どうするべきなのか。
だからもういい。
今は本能に任せる。
全てを委ねて、精一杯尽くそう。
何もできないだろう。だけど………

…どうにかしたいんだよ。

「くそっ…!!」

俺は道路へと走った。
手前をぞろぞろと歩く人間達が邪魔だ。
人混みをかき分けて2人の元へと駆ける。
やめろ…、待ってくれ。
これ以上後悔したくない。涙は見たくない。ずっと笑っててほしい……!

ズキン…

くそ…っ、また頭が痛む。
だが、何かが流れ込んでくる感覚もした。
……行かないと…!!
痛み、悔やみ、そんなもの関係ない。
みえるのは思い出。

どうやって愛すればいいか分からなくて、愛し方が分からなくて、
だから傷つけて、刻み込んで、涙で濡れさせた。
本当は、出来ることなら普通に愛してあげたかった。
愛していた。
でももう遅かった。
なのに君は……

――…愛して、る//

君は僕を愛してくれたから…
もう絶対傷つけたくないんだ…
もう、ずっと隣で笑っていてくれればそれでいい…!

だから………!!!




「シズちゃん!!!」




手を伸ばす。
届きそうで届かない。
もどかしくなってもう一歩踏み出す。
掴んだ手はあたたかくて、柔らかくて、やはり懐かしい。
あぁ…この温もりを感じるたび実感してたじゃないか。
――やっぱり好きだ、って。
目の前の俺や車は、色がだんだん薄くなって消えていく。
見慣れたバーテン服を着た君は優しく、儚く、あたたかい笑みを浮かべた。


「…臨也、ありがとな。俺も好きだぜ」


まだ何も言えてないのに。
触れるだけで、見つめるだけで、今まで無くしていた欠片が戻ってくる。
そして溢れる。
好きで好きで好きで好きでたまらなくて、ずっと言えてなかったことを後悔して……感情がパンクしてる。
何から伝えればいいんだろう………
…とにかく、


「好きなんかじゃないよ。…愛してる」


ずっと伝えたかった一言を、シズちゃんの綺麗な瞳を見て言った。





♂♀





「………臨也?」
「んー…」

優しい声。緩やかな日差し。あたたかい体温。
全てが癒やし。

「起きたのか…?」
「…んー……まだ…つか頭痛い…」

俺がそう言うと、割れ物を包み込むように優しく頭を撫でてくれる。
全てが懐かしい。

「…そういえばさ、何度も俺が寝てるときに頭撫でてくれたよね」
「!!なんで知っ…!!……………………………………え?」

シズちゃんが驚くのも当たり前。
撫でてくれてたのは事故前の話であり、俺が忘れていた事。
…それを俺が知っている筈がないと思ったんだろう。

けど、思い出したんだよ。
シズちゃんの事も、今までの事も、自分の気持ちも。

「…ぜーんぶ、思い出した」
「……………臨也、本当か…………?」
「…うん、本当」

何故か俺の声はすごく落ち着いていた。
…安心したから…、かな。
それに比べてシズちゃんは目を丸くして凝視してくる。
…当たり前だよな。

「…心配かけてごめんね?」
「臨也……臨也、いざぁ…」
「うん、ごめんね」

シズちゃんは泣きそうな顔で名前を何度も呼んだ。
確認するように。
自身の心に刻むように。
窮屈だった紐を解くように。

「『本物の』…臨也なんだよな……?」
「うん、俺だよ」
「……………名前」
「なに?」

シズちゃんのか細い声に耳を傾ける。

「いつもみたいに…俺の名前、呼んで…?」
「それぐらい何度でもしてあげる。シズちゃん。寂しい思いさせてごめんね?シズちゃん大好きだよ。今まで俺の気持ちを素直に言えたことなんかなかったよね……」
「うっ、っく、臨也ぁ……」
「…シズちゃん、俺…シズちゃんのこと愛してるよ」
「…うん」
「好きなんて言葉じゃ抑えきれないくらいに…愛してる」
「…うん…」
「ねぇ…キスしていい?」
「うん……!!」

確かめ合うように触れた唇は切なくて、儚くて、あたたかい。


「…っ、もう俺の事……絶対忘れんな」
「当たり前じゃない。……もう絶対忘れたりしないし、気持ちに嘘吐いたりしない。」
「……臨也…お、俺も…その……愛してる、からっ」
「シズちゃんなに泣いてんのさ。これからはずっと一緒なんだから…悲しむこと無いでしょ?」
「…っく…いざ、やも…泣いてる」
「ふふっ…泣いてなんかないよ。ただ……」

「眩しすぎてさ。」





確かに触れた、その初めての優しいキスは、涙の味がした。















<あとがき>

………本っ当にエロがかきたい。
(もしも余韻に浸ってた方、いらっしゃったら全力でスライディング土下座するんで許して下さい(笑))








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