小説

□secret kiss
2ページ/2ページ






「静雄先輩。先程から気になっていた事案がひとつ存在します」
「ん、なんだ?」


良い天気。
俺の気持ちにそぐわない晴れ晴れとした空。
俺がこんな気持ちになったのも全て、独占欲の強い情報屋と、鈍感すぎる静雄のせいだ。
静雄さえ気づいてればなぁ…

「静雄先輩の胸元の赤いものはなんですか?」
「あ…?」

そう…自分の『跡』について気がついていれば。

「おい、ちょ、ヴァローナ!!」
「?」

慌ててヴァローナの口を抑えれば、何も分からないという表情で首を捻った。
あぁ…本気でこいつ知らねえのか…;

賢いくせになんでこういうとこに疎いかなぁ…

そんな事を悶々と考えていると、失礼します、と言って手を下ろされた。

「赤いもの?…あぁ、蝶ネクタイのことか?」
「いえ、そのリボンの形状をした物体では無く…「あぁぁー!!もう行くぞお前ら!」

「「?」」

いや、そんなポカンとした表情で見られてもだなァ……;

「本当にあの情報屋のせいで…」

聞こえないよう小さな声で呟いた。

――…とんだ苦労をかけられたもんだ。





「おぉ、静雄じゃねぇか。」
「ん?」

誰かが静雄を呼ぶ声に振り向けば、門田という静雄の友達と、2人の連れが居た。

「シズちゃんひっさしぶりだねー」
「静雄さんお久しぶりっスー」
「狩沢、遊馬崎。三人共久しぶりだな」

始めに声をかけてきた奴は確かダラーズの中心の奴らしいし、その連れなら静雄と親しくできる部類の人間なのだろう。
静雄は軽く挨拶をしてから俺の方を申し訳なさそうに見た。
まぁ仮にも仕事中だしな。

「あぁ、いいよ。久しぶりなんだろ?話せよ。」
「ありがとうございます、トムさん」

静雄は優しく微笑んだ。
すると、門田が唐突に声をあげた。

「お前、それ……」
「あ?何がだ?」
「…いや、何でもない」
「…?」

今の会話で門田が空気を読める奴だと理解する。
やっぱ首筋のヤツ目立つよなぁ…
連れの2人はヴァローナと「ナイスバディなお姉さんはやっぱ萌えるねー」「そっスねー」「萌える、とはどういった意味合いでしょうか」などと話している。
…阿呆で良かった。
だがこのとき門田の中にたくさんの思惑が浮かんでいた事に俺は気づいていなかった。

「(これ…キスマーク、だよな…?女が男に付けるもんでもねぇし…。っつうことは…自然と相手はそうなるよな…)」
「門田どうした?」
「っん…あぁ、いや…何でもねぇよ」
「そうか?なんだか今日は、ずっと俺の周りの人がボーっとする…。俺の所為なのか?」
「いや、別に静雄の所為なんかじゃねえよ。…どちらかと言うと、臨也だな…」
「あ゛?」
「!…静雄っ!!」

なんだかヤバくなりそうな雰囲気を察知して、声をかける。

「もう行くぞっ!」
「うっす。じゃあな門田」
「あ、あぁ…またな」

2人は軽く手を上げて別れた。
それに気づいたヴァローナもこちらに駆け寄って来た。

「…っし。行くか」
「はい…にしても、今日はどうしたんですか、トムさん?なんか様子おかしいっすよ?」
「ん…まぁ色々な。俺にも考え事はあるんだよ」
「…そうっすか。俺にできる事がったら相談してくださいね。いつでも力になりますから」

まぁ、悩みの種はおまえな訳だが。
でもまぁ…

「…ありがとな」

その気持ち自体は純粋に嬉しかったので、俺よりも高い静雄の頭を撫でてやった。

「…っ!!別にこれくらい…」

静雄は紅潮したその顔を隠すように、よそを向いた。
…いちいち可愛い仕草だな…

――なんて思って、和やかな気分になっていると。




「あっ、しっずおさーーん!」
「ん?」

ヤバい。嫌な予感しかしない。

「ヴァローナさんも居るー!あと、トムさんですよね?こんにちはっ!!!」
「…どうも」
「皆(みなさん)…昼(こんにちは)…」
「あぁ、九琉璃と舞流か。」

静雄は微かに微笑んで応えた。
クルリとマイル……
確か折原臨也の妹だったっけか。
話に聞いたことはある気がする。
…て、折原臨也の身内かよ…余計に嫌な予感しかしねぇ。
…ん?何で俺の名前まで知ってるんだ?
なんて物思いに耽っていると小さな話し声が聞こえてきた。

「フフッ…静雄さ…下で…イザ兄…毎晩…襲っ…キス…」
「…淫(いやらしい)…」

もう気づきやがったこのマセガキぃぃいいい!!!!
つーか小声じゃねぇよ、十中八九聞こえてくるよ!!
…し、静雄は気づかないのか…?

「…?なにコソコソしてんだよ」

…気づいていない。
静雄って実はかなり馬鹿なんじゃないか…?
キレられそうだから口にはしないけど。

「えへ、ごめんごめん!…ところで静雄さん!」
「なんだ?」

さっきまでコソコソと話していた、眼鏡の方(確かマイルだったと思う)がとびきりの笑顔で話す。

「いつもイザ兄と仲良くしてくれてありがとねっ!」
「謝(ありがとう)…々(ございます)…」
「あ?別に仲良くした覚えなんてねぇよ。」

抑えてはいるようだが、《イザ兄》という名前がでて静雄が苛々しだした雰囲気がこちらに伝わってくる。
それに比例して笑顔が増す眼鏡少女。
…こいつ、何考えてるんだ…?

「ははっ、やっぱそうだよねー。あんなにうざい人と一緒に居たくないよねー。私もだよー!」

本当に、何が言いたいのだろう。
話を焦らすところはあの情報屋に似ている気がする。
…まぁ、少ししか喋ってるの見たこと無いんだけれど。
その眼鏡少女は話を続ける。

「…でもね、イザ兄、昨日は静雄さんと居たって言ってたよ?」
「真(本当)…?」

…………へ?
一瞬だけ思考が停止する。
静雄も同じだったようで、一瞬固まっていた。

…えっ、ちょっ、その話題は…

「昨日?え……………!!!///」
「「「(やっぱりそうだったんだーー!!!)」」」

静雄の反応に様々の反応を返す俺達。
やっぱりそうか…。
シャワーして来てたもんな。キスマークあるもんな。そうだよな…。
一方双子達はきゃっきゃっと嬉しそうにはしゃいでいる。
さっきの静雄の反応で確信したのだろう。
だが静雄は弁解に努めていた。

「きっ、昨日は!家に居たからっ!…会って、ねぇっ…!」

余所をむいて手の甲で顔を抑えている。
明らかにすごく照れている。
…また無意識に可愛いことしやがって…

「と、トムさん!もう行きましょう!!」
「あ、あぁ…」
「肯定です。彼女らと関わることは危険をもたらします。その可能性、極めて高いです。」

えぇー、もう行っちゃうのーとか何とか言ってる眼鏡はほっといて、俺の手を引っ張って走る静雄。
相当恥ずかしかったんだな…。
…つーか。

「…そろそろ仕事しなきゃいけねぇな」
「!!…すいません、遅れて来たのに喋ってばっかで…。あ!!手すいません!」
「あぁ、そんぐらい別にいいべ」

静雄は焦ったように掴んでいた手を離した。
なんだか余計に顔が赤くなった気がする。

「そろそろ行くか」
「はいっ」

遅刻を気にしているのか、失敗を取り戻すような一生懸命な表情の静雄。
一つめの取り立てに向かおうとしたそのとき。
――馬の嘶きが聞こえた。

ゾクリ

まだ来るか………。
エンジン音のしないその黒バイクは俺達の後ろの信号で止まった。

「…あ、セルティ」

ぽそりと呟いた静雄の表情は少し綻んでいた。
親友が現れて少し嬉しかったのかもしれないな。
…ていうかつくづく分かりやすい奴だ…

俺達の姿に気付いた黒バイクは、道路の端をのろのろ走ってこちらに近づいてきた。

「よぉ」
『久しぶりだな』

ガードレール越しに静雄と話す黒バイク。

「最近見かけなかったが…仕事忙しいのか?」
『まぁまぁな。』

相変わらずPDAに打ち込んで会話をしている黒バイク。
何度か2人が話す情景は見たことがあるが、その度になんとも言えない気持ちになる。
池袋の都市伝説と喧嘩人形で噂の2人が話してる姿なんて、そうそう見れるもんじゃないだろう。
なんだか不気味でもあり、温かくもあるこの雰囲気。
2人が本当に親友であることを確認させられる。

『…って静雄、お前…』
「ん?」

今まで会話をしていた黒バイクの動きが止まった。
…というか、明らかに驚いたリアクションをしている。
もしかして気付いたか……?

「ん?セルティ…どうした?」
『いや………静雄、もしかして最近臨也と何かあったか?』

黒バイクはそんな内容がかかれたPDAを静雄に見せていた。
あちゃー…なんでこうも鋭いやつが多いんだろう。

「何かって…別に何も無いぞ?なんでそんなの聞くんだ?」
「静雄やめとけっ!!」

俺は思わず声を出していた。
その文字を見てはいけない。
その事を知ってはいけない。
…それじゃあ俺の努力が水の泡だ。
だが、時既に遅し。

『言いにくいんだが…首筋にキスマークついてるぞ?』

静雄は、見た。
その文字列を、見てしまった。

「…………キ…?」

空気が凍った。
黒バイクは、静雄の反応を見てすぐにPDAを隠したが、見てしまったからには忘れる事はできない。




メキッ





何かが軋むような音が聞こえた。
…何かなんて考えずとも分かるだろう?

「…………あんの…くそノミ蟲がぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


――その日、池袋のガードレールが一つもぎ取られた。


「…静雄、お前今日は早退しろよ」
「…いいんすか」
「あぁ、仕方ないだろ。なんか事情もあるようだしな」

静雄はブチぎれた表情から柔らかい笑みになり、ありがとうございますと言って頭を下げた。



「…………あぁあ…明日も遅刻するんだろうな…」

…たく、上司も大変なこった。




翌日、新宿の至る所に標識が刺さっていたらしい。







前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ