鋼の錬金術師長編夢
□追尾
1ページ/13ページ
暗い部屋の中・・・
床に足を抱え込み、膝に顔を埋めるようにして動く事をしないカノン。
そのカノンらしくない打ちひしがれた様子を、心配そうに見つめているのはハボックだった。
現在、敵側が動くのを待ち探るため、ファルマンの自室の隣部屋で二人で待機している。
ただカノンはその側にホムンクルスがいる事を知っている。
下手に自分が係われば兄弟の命を危険にさらしてしまう・・・かと言って放っておく事なんて出来る訳がない。
そう思い、ハボックのように武装用の服を着、マスクを被り・・・その性別すら覆い隠すように、本来あるはずの胸は苦しいほどにサラシで締め上げられていた。
そのなんとも痛々しい様子に、ハボックもなんと声をかけていいかわからず困惑するばかりだ。
何よりも、まさか中央にいるとは思っていなかったため、突如目の前に現れた金髪の美女がまさかカノンとは思いもよらず大いに驚き、その自分の様子に笑顔を見せてくれたのは記憶に新しい。
一体なにが彼女を・・・あの気丈で凛としたカノンをこんな風にしてしまったのかと、そればかりが気になっていた。
連絡待ちで常にスイッチの入ったままの無線機からはノイズが流れ、室内に重い空気が流れている。
けれど、その沈黙を破ったのは思いもよらずカノンで、ハボックはその口から紡がれる言葉を聞いていた。
「・・・なぁジャン、自分が今までやってきたことの全てが無駄だったと・・・
いや、無駄ならまだいい・・・自分のやってきたことの所為で・・・大勢の人の命を巻き込んでいたとしたら・・・どうしたらいいんだろうな・・・」
「・・・カノン・・・?」
紡がれた声は確かにカノンの声だった。
けれど、いつもハキハキとした物言いの活発なイメージは微塵もなく、搾り出されるように響いた声は心が泣いているのがそれだけで分かるような・・・至極痛々しい声・・・
一瞬その声色に・・・打ちひしがれ弱弱しい様子に・・・駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られるも、それがすんなり出来るようなハボックではなくて。
"あぁもう、俺のヘタレ!"なんて思いながらも、カノンから出た言葉が脳内を反芻する。
一体彼女の中で・・・否、彼女の置かれている状況に何があったのかと心配になった。
が、こんなにも意気消沈しているカノンに、なんと言えばいいというのか。
現在の彼女の状況を細かく知っていれば、まだかける言葉も出てくるのだろうが、訳もなく"何とかなる"とか"頑張れ"なんて言える訳がない。
「己のやってきた全ての事を否定され・・・それに抗おうとすれば大切なものを盾に取られ・・・
関係ない者をどんどん巻き込んでいるくせに、他人よりも大切な物の方を先に考えてしまう。
最低だ、私は・・・」
「カノン・・・何があったのか、話しては・・・「だめだ、ジャン」・・・」
「すまん、自分から言い出したくせにな・・・
今なら誰にも聞かれていないという確信があったから、つい愚痴ってしまったな・・・」
「愚痴なんていくらでも聞きますよ!それより・・・」
「私はこれ以上、出来るなら誰も失いたくないんだ。巻き込みたくない。・・・とはいえ、お前らはその最前線に居るわけだけどな」
表情こそは見えないが苦笑するような声色に、ハボックはそれ以上何も言えなくて・・・
それに恐らくカノンは絶対に話さないだろう。
気になるし心配で仕方ないのは事実なのだが、頑固な彼女を知っているだけに、問い詰めても無駄なのが分かっている。
溜息ながらに片手を挙げ、"わかった、もう聞かない"と諦めの意を示した時だ。
今までノイズばかりで、ある種の沈黙を保っていた無線機から、開戦の合図が告げられた・・・