・・・Kurama・・・
□狂い咲き桜
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狂い咲き桜には――
「ねぇ、知ってる?春でもないのに、桜が花を咲かす時があるんだって」
ある日唐突に、友達が語り出した。
「季節はずれに咲く桜は、『狂い咲き桜』って言うんだって。その花は、春に咲く桜みたいな白や薄ピンク色じゃなくて、花びらの所々が血を浴びたように赤く染まっているらしいの」
どうせ、『その木の下には死体が埋まってる』とか、そんなオチだろうと思っていた。
どこかで聞いたような、さして珍しくもない話だと。
「狂い咲き桜の下に立っていると、一人の美しい男性が現れて、心と魂を奪われてしまうんだって。季節はずれに咲く桜は、その男性が気に入った女性を引き寄せるために咲かせているのよ」
やっぱり、よくある都市伝説の類いのものだ。
その時は、そう思っていた。
―――
数日後の帰り道、いつもより遅い時間になってしまった帰宅路を、私は急いでいた。
人通りの少なくなった夜道を小走り気味に進む。
街の一角には広い公園があり、そこを突っ切れば家はすぐそこ。
夜だから多少怖いけど、私は近道をすることを選んだ。
外灯がベンチや噴水を照らしていて、思いの外明るい公園に足を踏み入れる。
真っ直ぐ突っ切るには、小高い丘を越えなければいけない。
その丘には、古い桜の木が一本、公園に君臨する王様のように凛々しく植わっている。
先を急ぐ私の視界に、何か小さな物がひらひらと舞い降りてきた。
立ち止まって、手に取ってみる。
「・・・花びら?」
それは白く小さな、桜の花びらだった。
今は桜の時期じゃない。
花が咲いているはずはないし、花が咲いていなければ花びらが舞い落ちてくるはずもない。
――季節はずれに咲いた桜は、狂い咲き桜って言うんだって・・・
あの話が頭にフラッシュバックする。
私は無意識に、丘に向かって歩き出していた。
「・・・うわぁ・・・」
丘の上に辿り着いた私は、眼前の光景に堪らず声を漏らす。
一本桜は、満開の花を湛えていた。
所々が、白を浸蝕するように赤く染まる花々。
そよ風に花弁がひらひらと舞う。
夜に浮かび上がるその姿は不気味なほど幻想的で、私は見惚れて暫く動けずにいた。
「女の子がこんな時間に一人でいるなんて、危ないですよ」
「――!!」
不意に聞こえた声に、私の体がビクッと跳びはねる。
「だ、誰?」
辺りを見回していると、桜の幹の影から、一人の男性が姿を見せた。
満開の桜から現れたその人は、女性と見まごうような綺麗な顔立ちと、スラリと整ったスタイルの持ち主だった。
さらりと流れる夜目にも鮮やかな紅い髪と、外灯を受けて煌めく深い緑の瞳、滑らかできめ細かそうな白い肌が、舞い散る花びらの中に映える。
一点の歪みもなく完成された、とても同じ人間とは思えない、その容姿。
まるで高価な絵画の中に入ってしまったような錯覚を覚えた。
「・・・桜、あなたが咲かせたの?」
自然と口をついて出た私の言葉に男性は瞳を大きくし、一時後、クスクスと笑い出した。
「さあ、どうかな?」
意味深な笑みを浮かべる男性。
私はその妖艶な姿から目が離せないまま立ち尽くしている。
不意に、男性が優しい眼差しを見せた。
「いつまでも夜風に当たっていると、風邪をひきますよ」
男性がそう言った途端、ざぁっと一陣の強い風が吹き、私の視界は花びらで埋め尽くされていく。
舞い散る花びらに包まれ、反射的に目をつぶった。
花びらが柔らかく肌を掠める感触と淡い桜の香りが、何だか心地良い。
このまま、魂を奪われてしまうのだろうか・・・
桜に包まれ目を閉じたまま、そんなことが脳裏に過ぎった。
けれど不思議と、恐怖感はない。
やがて風が止み目を開けると、満開に咲き誇っていた花々は跡形もなく、衣を剥がされた枝が肌寒そうに腕を広げていた。
「う、嘘・・・」
呟いた声はそよ風に掠われていく。
「この桜・・・やっぱりあなたのものなの?」
怖ず怖ずと尋ねると、男性はクスッと笑って、
「さあ?何のことです?」
と小首を傾げた。
「え・・・だって」
「早く帰った方がいいですよ。女性が一人で歩くには、危険な時間です」
言葉を遮り、男性は穏やかな表情で私に帰宅を促す。
「あ、はい・・・」
操られたように、自然と体が家の方へ向かう。
するとまた、風が舞い、ほのかな桜の香りが鼻先を掠めた。
振り返ると、男性の姿はなく、いつもの公園の風景だけがそこにある。
夢だったのだろうか?
幻でも見たのだろうか?
そう思い立ち尽くす私の耳に、風に乗って男性の声が届く。
「桜が見たくなったら、またここにおいで・・・」
やはりあの狂い咲き桜は、彼が咲かせたのだろう。
今日はたまたま、魂を吸う気にならなかっただけ、とか?
そうだとしても・・・
「また、会える?」
呟いて、桜に背を向けた。
――あなたが望むなら、いつでも会えますよ・・・
そよ風に乗って、そんな声が聞こえた気がした。
狂い咲き桜には、美しい男性が棲む――
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