小説@
□親子ごっこ
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―0週目―
この街にホームを置いて数ヶ月。存外住み心地の良い環境に、特に盗りたい物も無いのについつい長居してしまっていた。
今日は月曜日、自宅から徒歩10分足らずの小さな洋菓子店で、週替わりのスイーツが更新される日だ。この楽しみもまた、この街を離れられない一つの理由にある。
丁度ふた月前の"天使の誘惑"というタイトルで発表された超濃厚プリンを越えるものは果たして今後現れるだろうか。いや、ぶっちゃけ現れなくても良いが、それより是非とも天使の誘惑をレギュラー化して貰いたい。店頭から消えたあの日から店主を口説き続けているが、材料費の問題でなかなか首を縦に振らず、そろそろ脅しに掛かろうかと…
「団長ー!」
「おぉ、シャル」
名前を呼ばれて振り返れば、コンビニのレジ袋を提げたシャルが小走りでこちらに向かってきた。
「何だそれジャンプか?はっ、まだそんな子供の雑誌なんか読んでるのか」
「え、団長知らないの?今週号からHUNTER×HUNTER連載再開…」
「寄越せ!」
「ちょっ、俺まだ読んでないのに!」
いい年をした大人が道端で少年誌を巡って大騒ぎしていると、道行く人々が足を止めめて俺達に注目している事に気付く。
「はぁーもういいよ、団長先に読ませてあげる。けど、読み終わるまで団長ん家にいるからね」
「えー俺が読み終わったらさっさと帰れよ」
「さぁね〜、それは俺の股間に聞いて」
「シャルおま…」
「…ちょっと待って団長」
おどろおどろしいオーラに二人して振り向くと、血相を変えた見知らぬ男が立っていた。
「シャルナーク…俺の…クロロをぉ…!」
「団長!危ない!」
「馬鹿っ、シャル!」
急の召集にも関わらず、あれから数時間後には半数以上のメンバーがアジトに集合していた。
「今日皆に集まって貰ったのは他でも無い」
神妙な面持ちで俺がそう切り出すも、どいつもこいつも間抜けな顔をして俺が抱き抱えるものに注目していた。
「この街にある育児本を集めろ」
長期に渡る休暇で弛み切った連中を、泣く子も泣き叫ぶ炯眼で一睨みする。
「全てだ」
決まった――…
「…子供だ」
「団長の子か?」
「相手は?」
「逃げられたんじゃないか」
「そりゃあんな厨二病全開の奴のせいでコブ付きになるんじゃあ逃げるわな」
「ていうかA級賞金首が育児本万引きって…」
「締まらないわね」
「ったく自分で蒔いた種押し付けんのは勘弁して欲しいぜ」
「誰が上手いことを言えと」
「大体団長はいつも…」
「お、お前ら…」
始めこそひそひそと話していたが、10人が話題を共有するには声量が足りなかったようで、今やただの悪口合戦になっていた。しかしこの場にシャルがいなかったのは幸いだ。あいつは俺に好きだの愛してるだのほざく割に、こういう時に一番辛辣な言葉を浴びせてくるから。
「誰か一人くらい俺のこと庇えよ!」
あ、くそ。本題より先につい本音が漏れてしまった。まぁいい、これでやっと俺自身に注目が集まった訳だし。
「こいつはシャルだ!俺の子じゃない!」
蜘蛛が豆鉄砲、なんちゃって。
続く!
20110327