小説
□愛してるの代わりに
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ベッドに二人。並んで座る。肩が触れ合うか触れ合わないかぐらいの距離だったから、彼が泣いてることくらい、すぐに分かった。
「どうしたの、泣かないで」そう言おうとして、息が詰まる。あぁ、やはり、この人は泣き顔が綺麗だ。
唯、正直に綺麗だなんて言えるほど僕は気障なわけでもなくて(男性にかける言葉として相応しくないとか、それはまた別の話だ)、どうしようかと悩んでいる間に、僕に背を向けて、宮城くんは体を倒して枕に顔を埋めた。
どうして、こうなったんだっけ。理由なんか分からない。僕は宮城くんに呼ばれて宮城くんの家に来て、今に至るわけだ。何を言った記憶もない。理由に繋がることがあるなら、出されたコーヒーにまだ口をつけていないことぐらいだし。
そういえばだけど、電話で呼び出された時から、何だか少し様子が可笑しかったような気が、今ならしている。多分後付けにしかならないだろうけれども。
「ねぇ」
「……」
返事すらない。なら、僕は何をしたら良いだろう。泣いているのは変わりないのだから、慰めれば良いのだろうか。いや、そうもいかない、僕はそんなに話上手じゃない。あぁもう、嫌になる。だからこんな性格は困るんだ、本当に。
「……今日は雪だって、ね」
「知ってるよ」
どうにか話題を作ろうとした、他愛もない言葉への即答に、一瞬僕はたじろいで、返す言葉を探す。だけど、それがそう上手くいくわけでもないんだ、実際。
「……」
「……」
「……僕は、いない方が……良いの?」
「……ううん」
鼻声混じりの否定。益々分からなくなってきた。彼の泣いてる原因は僕じゃなさそうだ。そうなると、何だろう。やっぱり僕には思い付かないままだ。
「ねぇ、」
「……」
「……寂しい、の?」
少しだけ吃り勝ちに言葉を投げ掛けて、しまったと僕は身を竦める。宮城くんはプライドが高いから、こんなこと訊かれるのは嫌かもしれない。
嫌がられたら、それで嫌われたらどうしようと、マイナスな想像だけが脳を駆け巡っていく。そんなこと考えたって答えが出る筈もないのに、そんな簡単なことを思い付くことも出来ないままで。
そんな不安定な思考のまま、「強がらなくても、良いよ」なんて言葉、よく出てきたねと自分を罵ってやりたいくらいだ。
「青森には言われたくない」
「だ、だよね……ごめん」
「……」
また宮城くんは黙りこくって、質問の答えは得られないまま、時計の針の音だけが耳を掠めていく。
そのまま、時間だけが過ぎていって、窓の外では雪がちらつき始めていた。そういえば、宮城くんのところでは僕のところみたいに雪は積もらないんだっけ。羨ましい限りだ。
「ねぇ、」
「え」
「少しだけ……だよ」
震えるような、甘えるような声が軽く耳を突く。こんな声も出せるんだ、と感心したのも束の間、少しだけ宮城くんの嗚咽が聞こえて、僕は何も出来なくて。それは、触れるのが怖いからと、無意識に作り上げた言い訳だったのかもしれないけれど。
(……小さ過ぎて、怖いな……)
彼の背はこんなに小さかっただろうか、と。震える肩を眺めながら思う、あの宮城くんの背が、こんなに小さいだろうかと。
それなのに、もう僕はいてもたってもいられなくなって――触れるのが怖いと思いつつも、その背中をすがるように抱きすくめた。
(やっぱり、温かい)
それは少しだけ熱くも感じて、やはり泣いていたんだ、と。しかし、抱き付かれたのに驚いたのか、宮城くんが小さく跳ねさせた肩の微かな振動だけで、そんな感想は霧のように消え失せてしまう。
僕の心臓はその途端に早鐘を鳴らして、僕はその音が聞こえやしないかと心配にはなったものの、今更宮城くんから離れるのは到底無理な話のようだ。
「青森は、さぁ」
「なぁに?」
「オレのこと、愛してる?」
突然のことに、一瞬だけ僕の視界はくらりと揺れて、戸惑い勝ちだった宮城くんの声を、まるで一度忘れてしまったような気さえした。愛してる、愛、だって?そんなもの、すぐに口に出したりするものじゃあ、ないよ。
「うん」
「うん、じゃ、なくて」
「そんなこと言われても、」
「恥ずかしいから」と、苦し紛れに言って宮城くんの肩に口元を埋めた。これ以上何か言える自信がなかったからかもしれない。
「……恥ずかしいの?」
「……うん、恥ずかしいよ」
「そっ、か……」
少しだけ切な気に言葉を零して、宮城くんはそれきり黙った。何か、何か話題を探さないと、そうじゃないと、駄目だ。理由は分からないけど。
「あの……宮城くんは、」
「……」
「何で、僕を呼んだの?」
「それ、は……」
宮城くんは口ごもって、少しだけ枕から顔を上げて僕を見てから、「不安になって」と、小さな声で呟いた。涙声だった。
「えっと……?」
「……青森がオレのこと好きとか、愛してるだとか、言ってくれないから」
「……え、あ」
そのまま宮城くんは体を捻って僕に視線を合わせて、僕は顔を上げざるを得なくなって、何でこんな体勢になったんだろうと思考の端っこで考えてみたりもするけれど、真剣な宮城くんの表情を前にしてしまうと、それももうどうでも良いことになってしまう。
「オレのこと別に好きでもないのかなって、断れないから付き合ってくれてるだけなのかなって……それ聞こうとして呼んだんだけど……」
「……」
「会ってみたら、何だか泣けてきて、さ……一人を選んだのがこんなに辛いだなんて、思わなくて、それ、で……っ」
悲鳴みたいに言葉が切れた。薄く浮かんだ涙は、拭わなければ零れてしまいそうだ。それなのに、綺麗だなんて、そんなこと考えて良いときじゃないのに。
一緒にいれたら、それで良いんだと思ってた。その前に、こんなことで宮城くんが泣くだなんて思っても見なかった。宮城くんは都会だから、強くてかっこいいんだと思ってた。
だから、可愛いだなんて思うこと、あるはずないと思ってたんだ。
「……あのね」
「……」
「恥ずかしいから、一回だけだよ?」
「……ん」
小さく、微かに聞こえるか聞こえないかぐらいの声と併せて、宮城くんが頷いた。愛してる、たった一言だ。これが言えなきゃ男じゃない。
「……あ、あ、あい、」
心音が煩い。喉から飛び出しそうと言うよりは、耳の真横で鳴り響いているみたいだ。情けない、たった五文字なのに。
無理だ、これはどうしても言えそうにない。宮城くんも軽く困ったような、複雑そうな笑みを浮かべてしまっているし、でも、何かしないと、気持ちには答えないと――やるしかないよ、うん。
「あ、あい、あ、う……み、宮城くんごめん!」
「い、いや、気持ちは分かったから、」
「良いよ」と、言いかけた宮城くんの唇に、意を決して僕の唇を寄せる。恥ずかしさで目を閉じてしまったから、宮城くんの表情は見えなかったけど、抵抗されなかったから、問題はない筈だ。
(ねぇ、宮城くん)
心臓の音が、煩い。言葉に出してはいないのに。
(愛してる)
何だか、異常にゆっくり時間が過ぎたような気がして、唇を離して気まずいながらも薄く瞼を開ければ、「こっちの方が恥ずかしいよ、ばか」と、宮城くんが何時もより下手な笑みを浮かべていた。宮城くんの頬が真っ赤なんて珍しいと思いつつも、特に何か言えたわけもなく、そういえばそうだ、なんて言う余裕すら、僕にはどうも残ってはいないようだった。