小説
□嘘が枯れるまでには
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二人きりの部屋に、茜が差している。枯れかけた花が見える窓辺で、緩やかに彼は息を吐いた。その吐息は白く消えて、もう何も残ってやしない。
相も変わらずに言葉は交わされず、嫌いだとか好きだとか、そんなんじゃないんだろうなぁなんて、恋を創作する。愛はないわけじゃないけれど(だって、恋人じゃなくても愛はあるのだし)、恋なんてものはいまだ感じたこともないから、決して出来上がるわけもないのだけれど。
「花が、枯れそうだよ」
まるで恋みたいだ。と、笑えば、彼は少しだけ眉間に皺を寄せて、悪趣味だと呟いた。何時もは呆れるかツッコミかのどちらかなのに、今日の彼は随分と機嫌が悪いようだ。
「なぁ」
「うん?」
「お前、俺のこと好きなの?嫌いなの?」
なんだ、そんなことか。そう言うことも出来たけれど、それを言うには俺達は遠すぎた気がして、「好きだよ?」と、言った。それなのに、愛知くんは益々眉間に皺を寄せて、ふいと俺から目を逸らしてしまう。
「じゃあ、何で枯れるなんて、」
「愛は育むものだらー?なら、恋は枯れるものかなって」
「……意味分かんねーし」
「あはは、まぁ。俺も分かんないよ」
やはり、価値観が違う。まぁ、そんなことはどうだって良かった。愛知くんが俺を好きなら、それ以外はどうだって良かった。
「多分ね、花が枯れたら種が出来るよね?それが愛かな、なんて」
「……」
「そうなると、オレ達は愛すらなかったことになっちゃうんだけどねー」
だって、愛知くんと俺は好き合ってるのかさえ分からないじゃないか。道理だよ、道理。
それから、もう愛知くんは俺の方を見ようともしない。それでも好きなんでしょ?俺のこと。そうなら、俺はとてつもなく幸せなんだけど。
「だから、さ」
「……何だし」
「運命なんだら。俺が愛知くんを大好きなのはきっと……そう」
愛知くんの顔を覗き込みながらキスをねだれば、またふいと顔を逸らす。つれないなぁ、何時もなら抱き締めてもくれるのに。
「……俺は、恋だと思ってた」
「うん?」
「やっぱり、お前とは合わねーし」
「だろうねぇ」
軽く、笑ったつもりだった。それが上手くいかなくて、息が詰まる。そうして、ぐるりと世界が回る。
目眩だ。そう気付いたのは、心臓が耳元で叫んだような気がしてからだ。
(合わないって言われたのが、)
「……そんな顔、すんなし」
(そんなに?)
そんな顔、だって?どんな顔だろうと頬に手をやる。分かるはずもないのに。結局のところ、自分のことなんか、鏡もなしに理解出来るはずもないということだろうか。
「……花が、枯れたよ」
本当に言いたいことを隠した言葉の、返事を待つ。愛知くんは緩やかに白い息を吐き出して、口を継ぐんだ。もう会話する気すらないのかもしれない。
「……来年、」
「……」
「また、咲かねーの?」
不意に、時間が止まったような気さえした。枯れたら終わりだ。そう、愛知くんが言っているようだった。あぁ、彼の中で、俺は愛される存在なのだろうか。
「……それは、分かんない」
「種は?」
「分かんない」
まるで、俺達の恋愛事情だ。何も分からない。枯れたかどうかも、咲いたかどうかも分からない。ましてや、夕焼けに紛れてどんな色の花だったかさえ分からない。
それでもまぁ、好きな花だったんだよ。
「咲くならさ」
「……」
「……どんな花でも良いのか?」
「やだ。あそこに咲くなら、あの花が良い」
我ながら我儘だと自嘲しながら、夕焼けに煌めく愛知くんの髪を盗み見る。もし、花の色が黄色だったら良いなぁ、なんて。馬鹿げてる。
「なら、良いし」
愛知くんは、さっき俺が作れなかった笑みを軽々と浮かべてみせて、軽く俺の額にキスをした。その温度が、酷く痛い。
「……花が枯れたら、」
「愛だ、よ」
「静岡、お前、愛して欲しいんだし?」
愛知くんの声が、妙に遠く聞こえて、「そうなら良いね」と呟いた言葉だけが耳鳴りを呼んだ。
白い息が相変わらず緩やかに溶けていって、額だけが泣きたくなるくらい熱くて、もう花なんか咲かないでとは言えなくて、小さな声で水やりを忘れたとだけ言った。夕焼けは泣きそうなくらいぼんやりと滲んでいた。