衆桜鬼
□違えし約束 上
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平助に会いたくなって前川邸に行くと平助は庭で佇んでいた。
声をかけるとパァッ……!と音がしそうな位の勢いで笑顔になり、俺に飛び付いてきた。
なんかぶつぶつ言ってるから、なにを考えてたんだと聞くと俺がかっこいいって言ってきやがった。
――ったく、こいつは……。
可愛すぎるったらありゃしねぇ。
平助の頬にそっと口付けると、平助は俺の腕から降り、再び夜空に浮かぶ月を見上げた。
「……なぁ、左之さん」
「ん?なんだ?」
平助は月を見つめたまま聞いてきた。
「オレって、間違ってたのかな……」
俺達の間を一陣の風が吹き、桜の花びらが舞い上がった。
「…………」
なんのことかはすぐに見当がついた。
以前から恋仲だった俺達は、平助が新選組を抜けて御陵衛士に入ることによって仲が割れた。
新選組と御陵衛士との関係は完全に断たねぇとならなかったからな。
月日が経ち、御陵衛士が近藤さんの暗殺を謀ってると分かると、俺達新選組は油小路の変で御陵衛士の連中を暗殺することになった。
……平助の意思によっては、平助は生かすことにしていた。
伊東の死体で御陵衛士をおびき寄せ、事は順調かと思っていた最中、どういうことだか薩長と鬼の連中が現れ、俺達は苦戦を強いられた。
千鶴を庇って天霧って鬼の奴の攻撃を喰らった平助は瀕死の状態で屯所に運ばれた。
死か変若水かの選択で、平助は変若水を選んで羅刹となった。
変若水を選んだことを、こいつは後悔してるのか?
「どうしたんだよ、急に」
「ん、いやさ……」
縁側に腰かけた平助の隣に、俺は腰を下ろした。
「今はまだ血が欲しいとかはないけど、こうやって昼寝て夜起きて月が太陽みてぇに思えると、オレって化け物なんだなぁって実感してよ」
「………………」
「なぁ左之さん、オレって間違ってたのかな……?」
眉の両端を下げ、目には涙を溜めさせた困惑顔の平助が俺を見上げている。
オレは平助の肩を引き寄せると額に口付けた。
そっと離れると、引き寄せた衝撃で頬を伝った涙を吸い上げ、目元に留まる涙も全て吸い上げた。
ちゅっ、と音を立てて唇を頬から離し、次には啄むように唇に口付けを重ねた。
何度か繰り返すと、平助は泣き止んでいた。
それを確認した俺は平助を俺の膝の上に乗せて抱き締めながら言葉を紡いだ。
「どっちが正しいかなんて、俺に分かるわけねぇだろ。
潔く死ぬのも男の道だと思うし、生きるのにしがみつくのも一つの道だと思う」
平助は腕の中でうん、うん、と頷く。
「もしも俺だったらどうすんだ?
なんて聞かれたって、死ぬのと変若水、どっちを選ぶかなんて、その時になってみねぇと分からねぇしな。
……でもな」
これだけは言える。
俺は平助を抱く腕に力を込める。
「お前が生きててくれて……本当によかった……」
声も抱き締める腕も震える。
だが、心の底から安堵する。
血に染まる平助を腕に抱えた時、胸には不安しかなかった。
あの時のことを思い出すと、今でも震え上がる。
それが今は再び恋仲に戻り、こうして血が通って温かい平助を抱き締めることができる。
それで幸せを感じられるんだから、平助の選択は間違っちゃいねぇと思う。