薄桜鬼
□桜の笑顔
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毎年、桜が散り終わるとオレはある日のことを思い出す。
桜が満開だった幼稚園の入園式を終えて数日経ったある日のことだった。
オレが蝶を追いかけて木の根元まで走ってきた時。
「ふぇぇええん……!」
泣き声が聞こえ、声のする方に行くと、そこには女の子がいた。
黒い髪がきれいで、おっきな目に涙をいっぱいためた女の子が目元を真っ赤にして泣いていた。
「おまえ、どっかケガしたのか?」
オレが聞くとそいつは首を左右に振りながら言う。
「ちがうの……どこもいたくないの……」
「じゃあどうしたんだよ?」
そいつは大きな涙の粒をこぼしながら上を指さす。
「さくらが……」
「さくら?」
オレが上を向くと、そこには花が散り終わった桜の木があった。
「おはなが……なくなっちゃったの……」
「……はぁ?」
オレは呆れてなにも言えなかった。
だって花が散るなんて当たり前だろ。
なのにそれだけで泣くなんてこいつはバカなのか?
そんなことを考えるとアホらしくなり、オレが放っておこうと後ろを向くと、またそいつは声をあげて泣き始めた。
「ふ、え……ふぇぇえええん……!」
「………………」
その泣き声を聞いてると、オレはなんでか落ち着かなくなった。
どうにかしてやらないと。
その気持ちがオレの中にぐるぐる渦巻き、オレは手を出した。
「こっちこい」
そいつは困ったようにオレの手を見つめるだけで、仕方なくオレから手を掴んだ。
白いその手はとても小さく、大切にしなきゃいけねぇって気持ちがオレの中に生まれた。
オレはそいつの手を握りながら桜の木によじ登り、後ろを振り返って様子を見た。
木に登るのが初めてだったのか、そいつは不安そうな顔をしてた。
更にこいつの手は震えていて、オレはその手をぎゅっと握って言った。
「オレがいるんだから、だいじょーぶだ」
「……うん……」
不安そうな顔は変わんなかったが、そいつはオレの手を握り返してきた。
オレは高い所まで登ると目的のものを見つけ、指さした。
「みてみろよ」
そいつはオレの指さす先のものを見てわぁ……!と歓声をあげた。
オレが見つけたのは、葉っぱの芽だった。
「花は、すぐになくなっちまうけど、それはまたきれいにさくためのヨーイだから、つぎのはるになれば、またきれいにさくんだよ」
だからそんなにかなしむな。
オレがそう言うと、そいつは乗っている木の枝に手を置き、撫でながら呟いた。
「……じゃあ、またさくの?」
おっきな目がオレの目をまっすぐ見つめる。
「あぁ、もちろんだ」
オレがそう言うとそいつはぱっと明るい笑顔を見せた。
初めて見たそいつの笑顔は、なんの汚れもないピンク色で、まるで桜のようだとオレは思った。
「じゃあ、おはな、またみれるんだね!」
「あぁ!」
その笑顔を見てると、オレもつられて笑顔になっちまう。
オレたちはしばらく木の上で葉っぱの芽を見て笑い合っていた。
「桜、もう散っちゃったね……」
10年経った今でも、桜が散ると、お前は哀しそうな顔をするよな。
「だな……。
でも……また来年咲くから」
オレがそう言うとお前は笑顔を見せてくれる。
あの桜のような笑顔をな。
桜の笑顔 完
2012.05.04. 平谷 明