衆桜鬼
□違えし約束 上
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月が明るい春の夜のこと。
散り始めた桜の花びらが庭を彩る前川邸でオレは一人佇んで夜空を見上げる。
――月が太陽みてぇだ……。
油小路の変を境目に羅刹となったオレは昼間は寝て、夜活動するという生活を送っていた。
黄昏が夜明けに、日の出が夕焼けのように感じられる――。
……ほんとに、化け物になっちまったんだな、オレ……。
そんなことを頭の中で考えていると後ろから声をかけられた。
「平助、月見でもしてんのか?」
低くて甘い、よく響く声にバッと振り返れば左之さんが立っていた。
「左之さんっ!」
オレは勢いよく駆け出すと左之さんに飛びついた。
「おっと……!おいおい危ねぇだろ」
「へへっ、わりぃわりぃ!」
いきなり飛びついてきたオレのことをちゃんと支えられるんだから、左之さんってやっぱりすげぇよな。
オレを抱き留める腕はオレの細っこいのとは違って太くて硬い。
これが年の差の現れなら、あと四年も経ったらオレも左之さんみたいな大人の男の色気があって筋肉質な体になることができるか?
……そう考えたオレは首を左右に振った。
多分無理だよな……。
「なぁに考えてんだよ?」
左之さんに抱き上げられてオレの目線の高さが左之さんと同じになったから、オレ達の顔の距離は近い。
そんな超至近距離で左之さんは不満げに声を上げてオレを軽く睨んでくる。
おっと、いけねぇいけねぇ。
左之さんの前で考えごとすると後が大変なんだよな……。
オレの自慢の恋人である左之さんは意外と嫉妬深い。
自分の腕の中で他の男のことでも考えようものなら布団の上で痛い目を見る。
……いや、実際は痛くねぇよ?
むしろ――。
「おい、聞いてんのか?」
「あ、ごめんごめん」
「ったく……で、なにを考えてたんだ?」
口角を少し上げるこの不敵な笑みがオレは好きだ。
やんちゃ時代の左之さんはこんな感じだったんじゃないかって思えるから。
「左之さんってかっこいいなって思ってたんだよ!」
「思ったんなら口に出せよ」
いっぱい甘やかしてやるから。
そう言って左之さんはオレの頬に唇を当てる。
左之さんの口付けは不思議だ。
なんでか知らねぇけど、すっげぇ安心する。
……でも今夜はオレの不安がでかすぎてダメだったみたいだ。
オレは左之さんの腕から降りると再び月を見上げた。