真昼に浮かぶ月

□空の名前
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初夏にさしかかった大文字山中は、京の蒸し暑くなり始めた外気よりもひんやりとしていた。あたりは様々な鳥達のさえずる声が響き渡り、周囲の心地よさに一段と華を添えていた。

先程からその中を二つの人影が動いていた。先頭に立つのは、まだあどけなさが残る顔立ちの少女。

年頃の娘にしては珍しく、女童のように肩の上で切り揃えられた髪に、桜模様の水干姿が印象的である。

随分と長い間、山道を歩いてきたためか、色白の肌が上気してうっすらと桃色がかっている。

そんな少女の様子を気遣うように、背後の長身の人影の持ち主から声がかけられた。

「神子殿、恐れながら…あまりご無理をなされるのは如何かと」

「大丈夫だよ、頼久さん。心配してくれてありがとう」

振り返った「神子殿」と呼ばれた少女は、背後の年若い武士、源頼久に向かってにっこりと微笑んだ。

山の急な坂道のせいか、頼久には常よりも少女の視線が間近に感じられる。

曇りがなく澄んだ少女の瞳の中に己自身を思いがけず見い出した頼久は、内心のはやる気持ちをどうにか隠しつつ、努めて冷静に返答した。

「主のご様子の変化をいち早く察するのが従者の務めですので」

その言葉を聞いた少女は少し拗ねたような表情をし、後ろを向いたまま頼久に答えた。

「もう何度も言ってるけど、私は頼久さんのことは従者ではなくって仲間だと思って……きゃあッ!」


「神子殿!!」


不意に足元が滑り、バランスを崩して後方に倒れかかる少女を頼久は間髪入れず抱き止めた。

頼久の胸の中に期せずして収まった華奢な少女の衣から、ほのかな梅花の香が漂い、頼久の嗅覚を甘く刺激する。思わず頼久は、そのまま少女を抱きしめてしまった。

(本当は主であるからだけではない、いつからか心から想うこの方をお守りしたい…!)

少女を抱く頼久の両腕に自然と力が込められていた。
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